カラン  と部員の誰かが持ちこんだお酒の缶がテーブルに転がって、
それと同時に、最後の一人も意識を落とした。



「ふぅ…」



右手で残り少ないチューハイの缶の底を回して、底から聞こえるあと二口分の液体の
存在を確認した。
かすかに熱い胸元と頭を感じながら、50畳の大部屋を一番後ろの席からゆっくりと
見まわす。

春に行われる新入生の為の集中合宿。
毎年、王城で行われる恒例行事だ。大勢の一年を連れて地方にある特別施設で
2日間訓練をし、そして最後の夜のこの日は盛大にお祝いをする。
いわば新入生の歓迎行事とでもいおうか。
だから、最後のこの日ばかりはショーグンの目を盗んでお酒を持ち込む部員もいる。
(ま、俺はお裾分けももらっただけだけど)
そのおかげで、部員の半分以上が二階のベッドルームにいきつくことなく、
この部屋で寝こけてしまった。

俺は一口それを口に含む。

これからが、厳しい所だ。この中で何人が残るのだろうか。
何人が、試合にでる事ができるのだろうか。
少し寂しい思いがした。



「あれ………高見さんもおきてますー?」

「……桜庭」



コイツ、ちょっと飲んだな。
右横でダウンしてたと思っていた桜庭が、なにやら上瞼を擦りながら体を起こした。
30分ほど前、3年に囲まれてなにやらやらされていたのだがーーーーー…
やはり飲まされていたのだろう。
桜庭は部活に毎日顔を出せない所為か、先輩の言う事をしっかり断われない
節があるから。


…ま、キッパリ断りすぎのヤツもいるけどな…。


俺は桜庭の左横で規則正しく寝息をたてる進をチラリと見た。
進までこんな所で寝るなんて……こりゃ進も飲まされたか?




「なーに見てるんですかー?高見さーーーん」




目の前でひらひら手を振って、同時に下から覗きこまれる。
ついでに前髪もゆらゆら揺れた。
俺はその手をとって、体温を確かめる。




「ハイハイ、何も見てませんよ。 それより…桜庭酔ってない?」

「別に酔ってませんよー。飲んでませんもん!少し喉痛いだけですー」

「嘘。飲んだでしょ」




俺はとった桜庭の手を再度握り締めた。




「手が暖かい」




とった手は俺よりも少しだけ小さくて、それから、自分で切ったらしい
何本か深爪した指が、きちんと愛しくならんでいた。




「そんなことないですよー!俺は体温が高いんですーもともとー」

「そっか。桜庭はまだ子供か」

「! なんでそうなるんですかー!」

「体温が高いんでしょ?」




子供の証拠だよ。
と、片手間にまた余計に手を握りながら、その体温をしっかりと離さないように丸め込んだ。
脳味噌の皺に。
桜庭はそんなことちっぽけも知らずに、
ちーがーいーまーすー!
と、あきらかに少し酔い気味で、俺はまたそれも大切にしまい込んだ。




「そんなこといってー、ほんとは高見さんも体温たかいんだー」




訳のわかからない事を言って、子供みたいに膨れる桜庭に(ほんとに何歳なんだか)
俺は苦笑しながら

ホラ。

と、 難なく手を差し伸べる。俺の手を握ってごらん、と。
桜庭はムキになって、俺の片手を手にとって、ぎゅう と握り締めた。
うー、とか言いながら、頬にも当てた。

俺は笑った。






いや、  自分で口の両端が上がるのをぼーっと感じた。





駄目だ と、脳が言った。



桜庭から距離をとらなきゃならないと、自分で決めて、それで若菜とも付き合い始めたのに。

笑ってしまった。
桜庭に触れさせて。

(俺が仕組んで触れさせたのに)




「冷たかっただろ?」




頬の次には額に当てて、まるで一心に熱を手に移すような桜庭から
自然にとられるように手をひいた。
でも、そう決心した後であったのに、俺は今の強く握られた手の感触も、
頬も柔らかさと、額の薄さも、一つ一つ理解して皺に押しこめた。

もうそろそろ、新しい脳味噌を持ってきた方がいいかもしれない。
君とのこと俺は覚えすぎていて、どれ1つとして刻銘にしまいこんであるから、
俺の脳味噌はもうすぐフリーズしてしまう。

………

俺も少し酔っているかも、と。
かぶりを振った。




「あーあー高見さんにげたー!」




じたばた横で暴れる桜庭から、フイと視線をそらすと、俺の左で寝ていた若菜が
寝返りをうったところだった。
かけてあげた俺のジャージが少しずりおちて肩からたれる。
むにゃむにゃと何の夢を見ているんだか、楽しそうに寝息をたてていた。
俺は眼鏡を中指で跳ね上げなら身を乗り出した。



「桜庭、わかったからちょっと静かにして」



静かな動作でジャージをかけなおして、ついでに顔にかかった何本かの髪の毛も
取り払ってあげた。

俺の彼女。

………そう、俺の彼女なんだ、若菜は。
なんともなく言い聞かせている部分に気づいたけれど、それは無視した。
それでいい。







「…………何?」




振り向きざまに少し驚いて、声を荒げてしまった。
子供の顔がめいっぱいの不機嫌で溢れている。
こぼれそうな不満をたくさん口に含んで。
俺は、体勢的に辛い後ろ手に握られた手を軽く振り払った。




「!」




一瞬、桜庭が、眼が零れ出るかと思うぐらいに驚いて、それからまた
不満をほおの中に増やした。
桜庭の手が伸びる。俺の右手を狙って。

俺は手を肩の上にあげて回避した。

続いて目標を左手に移して伸びてきたその手を、軽くぴしゃりと叩いた。




「何の遊び?」




ムカッ

と、桜庭の眉根が音を立てて寄った。

同時に桜庭の顔が近付いてきて、頭突きでもされるかと思ったのだけど
ほおに添えられた手がそういうわけでもないと教えた。
何の情緒もないけど、しょうがないので片手で桜庭の顔を正面から捕えて
もう片腕で体ごと押し返す。




「…!うーーっ!」




なんの動物なんだか、あいかわらずじたばたとされて、その弾みで肘でテーブルの上から
空き缶が自殺した。






ガランッ






誰かが目を覚ますんじゃないかと、気を揉むぐらいの大きさだった。
無駄に心臓が跳ねる。誰に見つかっても何も言い訳することはしていないのに。

ドキン

ショーグンが寝転がっている場所を見た。

----大丈夫。

大田原が騒いでいた場所も…

----大丈夫

新入生も起きた気配はない。

俺はため息をついた。
そして、一番心配した若菜も-----------




 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「高見さんの彼女、起きなかったですね」




何時の間にかさっきと同じように (それでも前よりは近付いてはいるんだけど)
座りながら、何か刺さるような言葉を吐いた。
桜庭が若菜を一瞥した。
俺も一瞬視線を進に移した。




「…進も、起きなかったね」




遠くを見るように視線を合わせていたその時、桜庭が軽くまばたきをした。
なんだかそれが嫌味ったらしく閉じて、高見さんの彼女が、と繰り返した。
なんてちゃちな嫌味。
なんて我侭。



俺には









新しい脳味噌が必要だった。

桜庭でもう脳味噌がいっぱいだった。











「桜庭、キスしようか」




苦笑以外に、なんて名前の笑みを浮かべたらいいんだろう。
世界に二人きりなんだから、もっと幸せな名前を付けた方がよかったのだろうか。
ともかく、俺は、苦笑した。


だって、桜庭があんなに楽しそうなんだ。


俺の左には俺の彼女、桜庭の右には桜庭の好きな人。
俺の右に桜庭、桜庭の左に俺。





秘密をつくろうか、桜庭。



お前が優越感にひたれる秘密なら、いくつだってつくってあげてもいい。







桜庭が身を乗り出した。

足と足が近くで絡んで、桜庭が熱っぽい手を両肩に沿える。
俺も腰に手を回して、これ以降誰にもしないぐらいに優しく抱きしめた。
くすぐったくも桜庭の細い跳っ毛を頬に感じて、桜庭も俺の息を感じて。
俺は近ずく顔に勿体無いけど、眼を落として-----------












「し…・・ッ」

















進と眼が合った。
















ガタン!



















酷く緩慢な動作だった。

酷く緩慢に見えた動作だったが、異常に動揺した動きだった。
たぶん本当はものすごく速かったのだろう。

はじめて人のキス現場を目撃した動きではなかった。

そういうことにあまり慣れてないとか、男同士だからとか、そういう、






動きじゃないかった。



進はどのみち桜庭が好きだと気付くような逃げ方だった。





「進!」




これこそまさに誰かが起きたりしないか心配な程の大騒音で
進はドアを叩くように開け離して、叩きつけるように閉めた。
バタバタと進が遠くに駆けてゆく音が聞こえて、かわりに、
バラバラになっていた考えが音もなくまとまった。



桜庭が立ち上がる。

一気に夜を顔に貼りつけて。



走り出そうとする前に、俺の目の前にぶら下がった右手を迷いもなく引き寄せた。




「進、追いかけなくちゃ!」




そうだろうね。



いっそのこと、ここで息の根を止めてやろうかと、唇を塞いでやった。
さっきの子供じみたキスじゃなくて。
本当に息を止めるような、桜庭を留まらせるような、時間が停まるような。
舌を思いっきり引っ張って、俺も息が止まるぐらいの。





死に損ねた時には、二人共息があがっていた。





「…  はッ  ! …ハァ、 …ハ…… し 進が、」





それでも君の手だけは離さない。





「進が、起きてたの、知ってたんですか……・・!」




ドッドッと、酸素を求めて脳にまで心臓ができたように頭が疼く。
じわじわとして、桜庭にわりかし酷いことをいわれたのに
それでさえも、桜庭が言うならそうかもしれないと、そう思う。

ぐっ と、俺が掴んだ手を引っ張られた。
ふいだったので驚いたが、手は離さなかった。

無駄だよ。




「もう間に合わないよ」

「!」




進があの速さで駆けていったのだから、もう今頃は新幹線より速く走って
東京まで帰っているかもしれない。なんて馬鹿な考えが場にそぐわず流れた。
だからもしかしたら笑っていたのかもしれない。




「ひどい……!」

「…ひどいのはどっちだよ」




思わず苦笑が口をついた。
胸に手を当てたら思い当たる所がありすぎる桜庭は、顔を歪めるしかなかった。
…そうだろう?

返事の代わりに、睫毛が下を向いた。
俺がそんなこともわからないとでも思っていたのだろうか。
それとも、今までわざと罠に乗ってもらっていたことに恥じているのだろうか。
どちらにせよ、軽く震える瞼に熱を覚えた。




「なぁ、あの時進が起きてたら、しなかった?」




ビク、と萎縮した体を覗き込んた。
軽く手をひっぱってやると、更に瞼を深く瞑りこんで、前髪がぱらぱらと零れる。


しなかったよね、桜庭。

キスなんて。


その、込めた視線に気づいたのか、俺の見えないところに顔を背けられた。






「…なんで、あの時   っキスしようっていったんですか…!」






叫ぶような消え入る声。
手に伝わる血の伝導。
痛んだ髪。
長い手。
深爪された指。
噛んだ唇。
首にあるホクロ。
酔いは抜けたはずなのに
君は熱い。




「わからない?」


「わかんないですよ!   ……高見さんのする事は 、いつもわかんない…!」




俺は笑った。

フリーズしたからだ。

桜庭がめいっぱい写された脳のままで、フリーズしたからだ。

強瀬終了なんてかからない。





桜庭、教えてあげるよ


















「キスは好きな人とするんだよ」













俺はもう一度、息を止めるようなキスをした。




















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けっこう前に紅と盛り上がったこの話をやっとこさSSにしてみました。
セリフと状況だけ箇条書きにして、さらに捏造も加えたので、
紅と私とでははけっこう違う話になってるかと。
私もまだ見てないので楽しみだ〜〜(*‘v`*)ウキウキ♪
そして紅のSSと繋げてみました♪

■Summer goes on ■


それにしても、スゲー悶える話だったのになんかSSにしちゃうと駄目だ…(死)
なんだか文もいつもと違って説明ばっかになってるし……なんでだ…!!
・…というのは、たぶんまともな話だからです。
ボケ所ナッシンのひたすら高見さんがカッコイイ話だったので、駄目なんだよ…!(なんじゃそら/笑)
たぶん高見さんが書きづらかったのもある。
だってまともな人間はぶっとんだ言い回しができないから(笑)←その点桜庭だと書きやすい。
←でも桜庭だと話がわかんなくなる。

とりあえずぐだぐだとありがと〜ございました〜!
高ラバはいいな〜うんうん。
でも世間的には高桜というらしいですね。なんか違和感(笑)