俺のポジションはセカンド。

野球では、二塁を守る。

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友達兼、恋人の虎鉄はファースト。

野球でも、一塁を守る。

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「な、虎鉄」


土手の上で歩いていたらほどけてしまった新色のナイキの靴紐を固く結びなおし、肩からずり落ちてきたカバンをしょい直して
待っていてくれる虎鉄の隣に急いで並ぶ。


「なんDa?」


虎柄のバンダナが揺れる先で、夕暮れの光に紛れて電車が盛大な音を立てて走りさっていくのが見えた。


「今年の夏は甲子園行けるっちゃかね?」
「そうだNa…」


 うーん、と悩む虎鉄は頬のペイントのあたりをニ・三度掻き、
俺はその仕種を眩しい光に目を細めながら、黙って虎鉄の大きい歩幅に合わせて歩く。


「猿のヤローが何か問題を起さない限りは大丈夫だRo。
アイツは試合で良いことも悪い事も、両方おこしかねないからNa」
「それは言えてるばいね」


虎鉄がおどけた態度でそう言ったのだが、なるほど、二人で苦笑した。
たしかに猿野は何か起してくれそうな、大変な事を起してしまいそうな奴でもある。

それから、またしばらく虎鉄の歩幅で歩く。




と、
わーわーと子供の叫び声が遠くに聞こえた。
土手から下を見下げてみると、河川敷のグラウンドで小学生達だろうか、私服で野球をして遊んでいる。
俺はなんとなく立ち止まって見惚れていた。
少し先を行ってしまった虎鉄も戻ってきて O、草野球Ka?見学しようZe! と言っておもむろに土手の脇にしゃがみ込む。
俺も慎重に草を選り分けて虎鉄の横に座り、無欲に野球を楽しむ子供を眺めていた。
棒で球を打って、投げて、単純に割り切ればそれだけのスポーツ。
いつから好きだったかは、もう忘れた。
続けようと思ったのは二年前から。
いつやめるかは、虎鉄しだい。





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高校に入ってから、野球は意味もなく好きなものじゃなくて、虎鉄がいるから好きなもの・続けるものに
形と意味を変えて俺の心に根をおろしている。
野球は好きだ。
だけど、今は理由を聞かれて答えられるようになってしまった。
最悪だ。
最悪もいいところ。


キャプテンの言葉を借りるのなら、野球はSECONDだ。SECONDLOVE。

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キーーーン、と小気味の良い音がして、ボールが空高く舞い上がる。
白いボールが星になるぐらい高く高く上がって        落ちた。
大逆転ホームランらしい。
虎鉄はもう大喜びで、あの子はセンスがあるだのなんだの騒ぎ立て、おもむろに下に居る子達に手を振りそうになったので
あわててそれを止めに入った。


「恥ずかしいからやめるっちゃ!」
「なんでDa、そんなことないZe!おーーーい!」
「虎鉄!!」


慌てて腕にすがりついて手を下げさせようとしたら、虎鉄はその途端に手を下ろしたのでまともに顔面にぶつかった。
うー…鼻がつぶれる…!
虎鉄は わりーわりーと、全然悪いと思っていないとみえる謝り方をしながら、俺の顔を覗き込む。
暗い空のなか、ああ、自然に顔が近づく。
手を当てられた頬に砂の感触がかすかに触り、また部活が終わった時に手を洗わずにいたんだ、と少し困った。


「虎鉄、まぁた手、洗わんかったんね」


自分の手を重ねあわせようとすると


「猪里は綺麗好きすぎるんだYo」


と、止める間もなく ぐいぐいと鼻のバンドエイドを押された。

(これで俺はすごい幸せを感じてしまうっ、てのは、どうなんだろう)
それから満足そうに微笑む虎鉄を見て、俺は不安になった。
まさかバンドエイドで土を拭った、なんて言わないよ、な?
黙って顔だけで笑う虎鉄はかなり不信感有り。大有り。
けど、問い詰めようといざ口を開こうと思ったら、軽くついばむようなキスをされた。


「…誰か見てたら、どうするっちゃ」
「だーいじょうぶだっTe。ばれたらばれたらで、俺は堂々と猪里とキスする場所が増えるだけDa」


ししし と笑ってもう一度、今度はちゃんと頬に手を置きなおし、虎鉄の顔はゆっくりと俺に近づいて














「あ、虎鉄先輩!」

「HAHAHAーっ猪里!鼻のバンドエイドはがれかけてるZeー!!」



バシッ、と鼻を一叩きされた。
後ろから走ってきた女の子は、大きめのセーターからわずかに覗く指先を口元に持って行きながら、いかにも
私、可愛いでしょう? と全体で表現しながら虎鉄に近づく。
大きい目。(まぁ、アイラインのおかげなんですけどね)
細い足。(まぁ、俺も結構細いんですけどね)
ふわふわの髪。(まぁ、俺は天然ですけどね)
まぁ、いいんじゃないですか。



虎鉄はファンらしい女の子と話しながら、俺との距離を確実に広げていた。
行動の中に伺う様子が垣間見れるのは、さっきの現場を目撃されたかどうか心配なのだろうと安易にとってみれる。
寂寞。
1歩・2歩と離れる度に恬淡となっていく足取りも、躊躇なく彼女の手に触れる唇も、俺の頭上だけ濃い空も、
全ては軽く閉じた瞼に飲みこまれた。











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「いやー、まいったNa」


夕焼けも飽きれて夜に色を明渡した頃になって、俺達はやっと解放された。
長い間使われなかった瞳は解放されたはいいものの、慣れを失って真っ直ぐ歩くのには少し、骨が折れた。
それでも虎鉄と同じ幅に合わせて足を運ぶ。


「もてすぎって言うのも、けっこー疲れるもんだNa!」


いつものおふざけで言っているのはわかっていた。
でも、今日は何か返事を返す言葉が見つからなかったので、ほとんど見えない紺青の景色の中を
ただ草の感触を踏みしめて歩いているだけだった。


「…猪里?」


怪訝そうな顔が頭に浮かぶ。
ああ、違うんだ。


「もしかして怒ってるのKa?」


ああ、虎鉄。
違う、違うからやめて。
それでも柔らかくて少し固い、虎鉄のしっかりした左手が俺の手に触れるのを拒否しようとする訳がない。
そんな理由はただ一つだってあってはならない。
暗闇の中で、空気震動だけで、虎鉄が八重歯を見せて笑ったのを感じとった気がした。


「俺は猪里が一番好きだZe」











ああ


虎鉄、俺は、虎鉄が本当は女の子が一番大好きだって事、しっとるっちゃね。


















俺のポジションはセカンド。

野球では、二塁を守る。

虎鉄のなかの、俺のポジションもセカンド。

虎鉄は俺の一番を占めるのに、俺のポジションはセカンド。

虎鉄のなかの、俺のポジションはセカンド。


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