おかしな病気になればいい。









「咬み殺してもいい?」



黒いトンファーがひやりと俺の喉を冷やした。
背中に皮貼りのソファ、真夏の世界、応接室の天井、ちょっと仕事をサボって遊びに着た俺、
君が大好きな俺、そしてトンファーを突きつけた君。俺の上の君。
君を見るといつも軽く締め上げられる自分の内側と同じぐらいの緩さで
俺の喉をグイと締めた。



「ヒバリは吸血鬼なの?」



ふいに出た疑問にヒバリは綺麗に眉根を寄せる。
ともすれば、烏羽玉の髪が俺の眼に刺さるんじゃないかと思うぐらいの距離で。



「…日本語わかってる?」

「わかってるよ」

「どこをどうしたら吸血鬼なんて発想に辿り着くのか理解できないんだけど」

「だって」



トンファーをどかそうとしたら、余計に押し付けられた。
おえ。そんなんじゃ喋れないよ。
苦しい苦しい、とジェスチャーで示したら、更に眉間に皺を刻み、
ものすごい微々たる譲歩っぷりで、ほんの1・2cmだけ隙間を作ってくれた。
ああ、だめ。ちょっとだけ惜しい。



「だって咬むんでしょ?咬んで殺すのなら、吸血鬼かなぁって。
 こう、首の所に牙をたてて血をずるずるーーーー・・・・・って、ヒバリ?」

「・・・あきれた。」



喉もとの硬い感触が離れると共に降ってきたのは興味を削がれた色の声。
それから眉根もすっかりといて、君はいつものヒバリになってしまった。
相変らず俺の上にのっかったままだったのには、神に感謝するけど。



「やっぱり日本語理解してない」

「そうかな」

「そうだよ」



うーん。
ヒバリが言うならそうなのかもしれないんだけど、よくわからない。



「・・・でも、これだけは確かな日本語知っているよ」

「何?」

「好き、愛してる。ヒバリ」



俺はまってたとばかりに、俺は今日一番の笑顔でヒバリに笑いかける。
瞬間、ヒバリの眉がはねあがって「本当、殺していい?」ってもっとくっついてきてくれるかと思ったけど、
期待に反してつまらなそうに、アンタ本当にどうしようもないね、って表情を貼り付けて
ゼリーの中を歩くかのような緩慢さで視線を合わされた。



「残念。アンタ日本語を1つとして理解できてないようだね。」

「間違ってないよ」

「日本では男には言わないんだって何回言ったらわかるの?この鳥頭」

「鳥頭・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、そーかも、俺鳥頭かも」

「認めたよこの馬鹿」



見下ろしながらちょっと細められた眼に俺はちゃんと収まっているのだろうかと、
少し上体を起こしてその眼を無理矢理覗き込んだ。



                                    ・・ 
「だって俺、何時もヒバリの事しか考えてないもん。    ね、トリアタマでしょ?」



にこ。

………あ、ヒバリが眼を閉じた。
そのまま何かとんでもない言葉を吐こうとして、でも数々の侮蔑の言葉をまとめきれずに
諦めてそれをため息と生成して、はぁ、とおもいっきり俺にぶつける。




「君は頭がおかしいよ」



そう言った薄い唇がなんだかやっぱり俺を魅了して仕方なかったので
何も考えずに手を伸ばして触れてみた。



「じゃあ君もおかしくなればいい」



バチン!

あっけなくその手は叩きおとされて俺は苦笑する。
あーもう、本気で叩くから手が少し赤くなっちゃった。
手を振って熱を冷まそうとしながら、視線を絡ませた雲雀の顔も
怒っているからなのか呆れてきるからなのか、ね、それとも
照れてるの?
血のように赤いのは。



「・・・ねぇ、なんで血って赤いか知ってる?」



ああ、きっと真面目な君は、鋭利な唇に触れた事と血の色が何の因果の果てにあるかだなんて
ぐるぐる考えているのだろうな。
可愛い。
このヒバリに対する赤い感情は、俺の中をめまぐるしく走っているんだと思う。
きっとそれが俺を動かしているんだ。



「血液中のヘモグロビンが赤いからでしょ。・・・・・・ね、もう気はす

「いや、違うよ」



そんな教科書が無理矢理教えた事なんかじゃなくてさ。

俺はだらしなくトンファーを抱いている手を引いて、ヒバリを抱き寄せた。
ヒバリの猫っ毛が首筋に触れて、そこからくすぐったさに酷似している興奮が俺を呼び
肩口に埋もれている小さな頭部の生存もおかまいなしにぎゅうと抱いた。
好き。ヒバリ。俺の全てで。ぎゅうぎゅう。
ヒバリの手にしたトンファーが床にキスをする音がやけに大きく響き、その手は俺の髪の毛を
今度はぎゅうぎゅうと引っ張った。

だめ、離さないよ。



「血を吸っていいよ」
「はぁ?」



布越しに熱い息を感じながら、素っ頓狂な声が体にしみてゆく。
なんだかワクワクしてきて俺はさらに大声をあげた。



あのね、血は愛が流れているから赤いんだ!

「俺たち、愛でできてるんだよ!」

「ね、ヒバリにも愛が流れてるよ」

「だから君も俺と同じ」















「……アンタさ、何処かで頭でも打ったの?ほんと、おかしいよ」




おかしい、か。君はおかしくないの?
俺は君のことでこんなにおかしくなっちゃってるのに。
隙間からわずかに覗く眼が、僕が殴りすぎたんだろうか、とちょっと本気をしたためていた。
甘そうな感じ。
衝動で舐めそうになる前に、俺はヒバリの唇を首筋にあてた。



「咬んでいいよ」



ヒバリはとまどっているようだった。







君が、おかしくならないのなら。

俺の愛をすいとって、君はおかしくなればいい。

俺のことを熱望するような、おかしな病気になればいい。
















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半年ぶりぐらいすぎて何がなんだかニャンダー仮面的文章でですみません
そして血が赤いのは〜というフレーズを一体何処で見たのか忘れました…どこだ