突然ですが,ディアッカ・エルスマン(17)
は、死んでしまいました。
















「先の戦闘でGにやられてしまったそうですね。」

「………」

「もともとバスターは後方支援型のGですからね。接近戦にはむかないんですよ。」

「………」

「でも、遺体が残っているなんて不幸中の幸いですよ。普通MS同士の戦いでは、遺体回収なんてできませんから」

「………」

「ラスティなんて普通の戦闘なのに遺体回収できなかったんですよ。」











「……何が言いたい」

「いえ、あなたが喋らないから僕が喋らないと間が持たないと思って。」

「………」



死んだ魚の眼の色をした空。
暖かさを求めて体に絡まる風。

最悪だ。

プラントの墓地に突っ込まれた棺桶の中のディアッカは、
とりあえずディアッカという生物であったと確認できるぐらいは原型をとどめていた。
少しだけ、手がとれてたりとか、少しだけ、いやほんの半分だけ、胴体が無くなっていたりとかしていたけど。
遺体確認の為にヴェサリウスにきた見なれた顔が、泣き叫びながら棺桶の小窓を叩く。小さい小窓から
どうにかしてディアッカを引きずり出す方法を列挙しながら。
その時、ディアッカの母上がいつも身につけているヴァンクリーフ&アーペルの時計が固い棺桶のガラスにあたって
ガチガチと音をたてていた。ガチガチ。ガチガチ。おおきい音でガラスが割れると思った。
今でもどこかでガチガチと音がする。
ガチガチとする音が蘇生法を求めているようで、気持ち悪くて聞いていられなかった。
それから火葬場にほおりこまれて、ユニウスセブンの共同墓地のように綺麗に整備されているここに埋められた。
新しいこの墓の周りだけ鮮やかな彩をもった花が咲き乱れている。
菊や百合や薔薇やコスモスやリンドウやガーベラやカスミ草や、しかしどれもこれも皆摘まれて死んだ花だ。



「……寒くありません?」



軍服の上から羽織ったカーキのコートの襟もとをたぐりよせて、この年下のクソガキは
髪と同じ色をした眉根を寄せた。
なんだおまえは。

なんだ、おまえは。



「…よく、そんな事がいってられるな」



Dearka Elthman とかかれた墓標を見ながらaが3つあったんだな、とか、本当訳の解らない事を頭の右端ぐらいで
(いや、左端?それより少し上より かも、ああ、とにかく真ん中でないことは確かなんだ)考えながら自分の指がDの字をなぞって動く。
なぞる度に人差し指の皮の軋んで拠れた。



「そんな事いっても、誰が死んだって御飯は食べたくなるし、喉だって乾くし、トイレだっていきたくなりますよ。」

「ディアッカが…死んだんだぞ?」

「ディアッカが死んだってアスランが死んだって、貴方が死んだって、僕はその日風呂に入りますよ。」



そんなことよりそろそろ行きません?
腐ったオレンジの双眸がそう喋った。




「ふざけるなよ!」

「ディアッカ、ですか?」



はぁ、とその唇から白い溜息が染み出した。
いつもは見下ろす立場なのだが、墓の前で跪いている事情見上げるハメになった
ニコルの睫毛は、肌に長い影を落としていた。
ひどく見下されているような気がして、渇いた上唇を嘗めると俺は立ちあがる。
頭が痛い。
あの音がする。
ガチガチと蘇生を祈る音がする。



「お前は弔意とか、そういう気はないのか!?」

「なら挽歌でも歌いましょうか?あん〜なに〜一緒〜だった〜のに〜」


「やめろ!」

「…貴方がそうしろといったんじゃないですか」



不満そうに俺をかすめ見たニコルは、少し訝しげに墓に視線を移した。
それからもう一度、



「……寒くありません?」



今度はもう襟元を抑えている必要を忘れているようだった。
痛い。ああ頭が痛い。
ニコルの恬淡とした視線が俺をさ迷う。
俺は頭の痛みを振り払うように、頭を振った。寒いなんて、微塵も思っちゃいない!
それを不思議そうに見つめながら、黒い睫毛が何度か空をはばたいた。



「だって、イザーク。さっきから歯が」






















ガ チ ガ チ い っ て ま す よ 。

























寒くなんてない!
俺は走った。
走りがけの時に1本、百合の花を踏みつけてしまった。(でも、もう死んでいるから痛くはないだろう?)
墓地も火葬場も葬儀場も抜けて道路に飛び出した。
俺は走った。
まっすぐの道路だ。平日の昼間、それもこんな郊外で走っている車などすくない。
俺は走った。
空は今だ死んだ魚の眼をしている。ええい、クソ、ふざけるなよ人工太陽のクセに曇ったりするものか、
ふざけるなよ、人工の風のクセに、こんなにも制服を通って冷気が絡みつくものか、ふざけるなよ、
どうして指の先から血が冷えていくんだ!
寒くなんてない、寒くなんてない!ディアッカがいなくても、俺は寒くない!










ービビーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!



前から重いクラクションと共に軍専用の車が見えてきた。
俺は急いで手を挙げて静止の合図を送る。
急停止したエレキカーのドアを無造作に開け放つと、俺は夢中で叫んだ。




光のある方向へ!光のある方向へ進んでくれ!」





「…………は?」

「はやくしろ!」



緑の制服に身を包んだ兵士は、とりあえずアクセルを踏んだようだった。
四速に入れて人気のない道路を走り続ける。視界の隅で窓の外の景色が一生懸命走りさっていくのがわかった。
そうだ。もっとはやく、走れ。暖かい所まで。光のある暖かい所まで。
この後部座席からでは景色ではあまりよく見えなかったが、たしかに雲間から覗く光の柱に向かって
走っているようだった。
きっとあの下なら寒くないに違いない。お前なんて、いなくても大丈夫に違いない。
温かいんだ。あすこは、温かいから。
そう確信しながら、さっきからガチガチ鳴る歯をどうにかしておさめようと、手を噛んでみた。

嗚呼、駄目だ。
白い指先がますます白くなっただけだ。
それに強く噛んだせいで人差し指のささくれがひどく剥けてしまった。
クソ、痛い、痛い、遺体、いや、痛くなんてない。
指さきだって口内に入れておけば、温まるんだ。
流石に10本はいっぺんに入らなかった、が、片手ならなんとかイケる。
でもそうすると片手がやはり寒…いや、俺 は 寒 … くない !
瞼を閉じてそのことを忘れてしまおう。
そう思ったが、いざとなって瞼を閉じると





「はやく軍に帰って暖かい
にあたりましょうよ」





ニコルが瞼の裏に住んでいた。



「…ッうるさい!」

「…………あの、何か?」

「黙れ!ニコル!俺はいかないぞ!

「……」


頭がオカシイ奴だと思われたのか、
もう、あとはただただ静かな車内で風を切る音が響いた。






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「つきましたよ」



妙に億劫そうに呟かれ、しかし俺は待ち侘びたように音も無く停止した車から飛出した。
ええ、そこは、俺達が何時も在籍している軍の施設でした。



「……………ううう」



外は寒かった。
手の色も顔の色も髪の色も、全部無くしてしまうぐらいに。
寒くてしかたがないんだ。寒いんだ寒いんだ寒いんだ寒いんだ寒いんだ寒いんだ寒いんだ寒いんだディアッカ。
冷え性の手の先が痺れてきた。
かじかんできた。
知ってるだろ、俺がすごく手が冷たいこと。
だったらはやく温めろよ。
なんでいつも熱をわけてくれる手がいないんだ。
なんでいないんだ。なんで褐色のその指先がいないんだ!
なんで俺の側にいないんだ!



「生きかえれよ!」




アスファルトから伝わる冷気がついに足を侵略する。



「おまえ、俺のいうことなんでも聞いていただろ!?

生きかえれよ



俺の頼みごと、叶えられなかったことなんて1回もないんだから、
頼むから、頼むから



「……寒いよ…!」



歯の震えは止まりそうにありませんでした。







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パチパチパチ…





「…悪い。ディアッカ」



このザフトの制服のように燃えるヒーターの前で、俺は丸くなっていた。
変えたばかりのノリの効き過ぎた白いベットのシーツを引き摺り下ろし、それを上から被りこんだ。
温かい。
熱温が射出される前を陣取って (競う相手など誰もいないのだが) 俺は十分な程に炎にあたった。

あのな、コレ、お前の温もりよりあったかいんだ。
感情のないヒーターのほうが、うんと、随分と温かいんだ。
なんでなんだろうな。
でもな、何故か、指の先がじんじんして痛いんだよ。すごく痛いんだ。



プシューーー



前触れもなく、ドアが開いた。



「あ、イザーク戻ってたんですか?今ミロ作ってたんですヨ。飲みます?
 …………って、何泣いてるんですか?」



片手にミロを持ちながら近づいてきたニコルは、側まできてやっと、しまった!という顔をした。






















「あ、もしかして玉露の方がよかったですか?」



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いや、イザの「光のある〜」っていうセリフを書きたかっただけなので、後半適当なんです。