今日の夕方の降水確立は
100%傘を持ってでかけま
しょう。とテレビで言ってい
たので姉さんの赤い傘折り
たたみ傘を勝手に持ち出し
てしまいました。それしか
なかったから、しかたない
よね。











今日、学校に行く途中にある往来の激しい交差点で、捨てられた仔猫を見つけました。
「山梨のみかん」とでっかく書かれたダンボールの中に入っていて、えらい売れなさそうな箱に入っているなぁと
筋違いな事えを考えながら、ちょいと顔を覗いてみました。
猫はほんと変哲もない猫で、人間の言葉を喋らなさそうだし、宇宙から伝説の戦士を探しにやってきた猫でも
なさそうでした。
そこで、猫がニャ―オと鳴きまして、同時に、喋る兎が「司馬クー―ン、朝練に遅れるよ!」と言ってきたので
俺は少し後ろ髪を引かれながらもその場を走り去りました。

























うーーーん、気になる。





練習中も捨てられた仔猫が気になって気になってしょうがありません。
気になりすぎて、思わず獲った球を蛇神先輩の顔にヒットさせてしまうほどです。(日頃の恨みではありません)
それとなく先輩の眼が開眼したようでしたが、そんな世界戦争から見たら、先輩の眼の細さのような些細な出来事
などより、捨てられた猫の方が全然心配でした。
そこで、フェンスを越えたボールの行方を追うフリをして学校を抜け出してしまいました。



交差点の信号を渡る前にセブンイレブンがあったので、ユニホームのポケットに入っていた685円で
ジャムパン一個と、仔猫でも食べれそうな丸大ハムスライス済みを一パック買いました。
店員は少し訝しげな顔をしましたが、なんのお咎めもありませんでした。



仔猫は案の定、山梨のみかんの箱に入りながら黙って座っていました。
しかしその前を人間に従順な激しい四輪の乗り物が、始終けたたましく鳴きながら走っていたので
誰も気にも留めなかったのかもしれません。
そこで俺は、山梨のみかんの箱から仔猫を抱き上げようとしました。





カプ




「……大丈夫、怖くないから」


俺は昨日金曜ロードショーで見た風の谷のナウシカのワンシーンを思い出しました。
 ので、真似をしてみました。



「…ね?」



仔猫の真ん丸いドロップみたいな眼とサングラス越しに眼が逢う。
少し赤寄りの眼が、俺を捕えるとキュゥっと瞳孔が収縮して焦点を合わせました。
気分的にコクッと首を傾げてみると、なんとも可愛いことに、仔猫も俺の真似をしてクイっと、顔を傾げる。



「痛痛痛痛痛ーーーーッ!」


俺は確実に悪意を持って仔猫を引っ叩きました。

そしてニャン!と講義の声をあげ牙を俺の血管から差し抜いたたこの仔猫を
俺は敬意を持って巨神兵と名づけました。






.............................................






巨神兵を箱からとりだして、俺は近くの公園に連れて行きました。


十二支公園、と、いかにもセンスのないネーミングの公園です。
でもそれなりに広くて、柔らかい太陽の匂いがするベンチもあって、なかなかいい所だったりします。
平日のそれも朝なので、幼稚園児や小学校低学年は見当たりません。
少し安心して、巨神兵を砂場に、俺は公園の一番陽が当る気持ちのいいベンチに腰を降ろしました。
実を言うと、子供はあまり好きではありません。
何故なら、俺には鼻水を始終垂らすという子供のメカニズムが理解しきれないからです。
それに巨神兵もきっと子供が嫌いに違い有りません。
猫というものは何時の時代も孤独であって、孤高であって、孤影であるからです。



「ニャ―オ」
「うわぁ、猫ちゃんだー猫ー猫ー」
「ニャ―オ!ニャオ」
「きゃ・きゃ!この猫私のこと好きなのかなぁ〜うふ・くすぐったいよぉ〜」



時代は移りゆく……
突然子供が現れました。
まぁ、それにしても時は二十一世紀。どらえもんがノビタの机から飛出してくる時代。
人類と猫は手(前足?)をとりあって歩いていくべきなのです。
俺が遠くを見つめていると、母親らしき人が公園と空の下には似つかわしい
派手な色の服で近づいてきました。



「こら、花子!あまり知らない猫に近づくのはやめなさい。病気が移るでしょう!」



………。



急に出現したおばちゃんは、猫をこ汚いものを見る目で一瞥してから、
花子ちゃんとやらを巨神兵から引き離しました。
病気ってなんだろう。
俺には見えない病気はあのおばちゃんには見えるのだろうか。
それはすごいな、エスパーママ、でも、俺にもそれくらいわかるぞ、そぅら、あなたの心はんでいる。

俺はベンチからたち上がって巨神兵に近づくと、エスパーママはギクリとしたようでした。
(俺だって真昼間から野球のユニホームを来てサングサスをかけて音楽聞いてる奴がいたら
じゅうぶん不審者だと思うのですがね)



「…何か用ですか?」



エスパーママが警戒しながらも、花子ちゃんを後に庇いだてしながら言った。
俺は構わず巨神兵を抱き上げて、エスパーママの方をぐるりと顔をむける。
ほうら白い腹が一挙に丸見えだ。マガジンのグラビア並の露出だ。エスパーママもとんでびっくり!
俺は巨神兵をエスパーママにくっ付けてやるつもりだったのだが、意図と違い
巨神兵は短いしっぽを振りまわして口を大きく開けた。
なんだなんだ。火の7日間の再現するつもりなのか?
まぁいい。
そのつもりなら、のってやる。




射!!



くわっ  と顔をしかめて巨神兵を思いっきり近付けると、二人はおお慌てで、
まるでテニスの王子様を録画し忘れた不二先輩が大好きな小学生のごとく逃げていった。
ううーーん、すごい威力だ。
今度の試合で試してみたい。
(この場合変態と思われた可能性は消しておきましょう)



ふぅ、と一段落つけて、俺は巨神兵と先ほどのベンチに戻りました。
よかったよかった。まだまだ温かいベンチは健在のようです。
夏は深まりましたが、温かい場所は嫌いではありません。

俺は少し日に当ってぼーーーっとしました。





こ30分ぐらいすると、目の前が少しばかりぐらぐらしてたまに陰が横切ります。
どうしたというのでしょう?
視界がぐるぐる回っているような感じです。
あえて言うなら意識が封神台にフライングしかけた感触です。
しかたなくたち上がってみると、更に揺れがひどくなった感じがしました。
…地震?

とりあえず、危険な香がしたので水を飲もうと思い、水呑場まで行きました。
どうやら鉄分が少々足りなかったようですね。(貧血、です)




俺が帰ってくると、いつの間にか、巨神兵は俺のジャムパンをむしゃむしゃと食べていました。
あーあ。俺の分食ってるよ…。
しかし俺も腹が減ってどうしようも無くなっていたので、しょうがないからスライス済みハムを食べる事に
しました。
……ううーーん。なんてこと。
薄切りのハムはそれが故に1枚1枚の結合が強くて俺が剥ぎ取ろうとすると
微妙に千切れて爛れて汚くなってしまうのです。
ムキになって剥がそうとすると余計に剥けてぐちゃぐちゃになってしまいます。
うーん。仕方がないのでぐちゃぐちゃになったまま、俺はハムを口にほおりこみました。
薄いハムはそれだけで、とても罪だと思います。
何故ならば、どんなに厚いものでも薄くなるとその1枚1枚のものが意味を亡くしてしまうと
思い知らすからなのです。


「ニャーオ」


巨神兵の口の周りにジャムがくっ付き、顔がべとべとになっています。
生憎、ハンカチなどという洒落たものは持っていなかったので、指で拭ってやりました。
すると小さな口をめいっぱい開けて、ニャ―とくすぐったそうに耳をピクピクさせながら俺にその、
わずかもない体重を預けます。

かわいいなぁ。

平仮名で頭に言葉が浮かんだ気がします。


せかいがほろびてもまもってあげたいなぁ。

とも思いました。





現実では、時々、どうでもいい事の方が大切になる時だってあるのです。








やがて巨神兵がうとうとして眠りこけた時、
俺は少し、この感覚は初恋に似ているかもしれないと思い始めました。
今からそう遠くない昔、俺は青いタータンチェックのスモッグを着て遊ぶ幼稚園生でした。
そして俺は、動くピンクのタータンチェックのスモッグが好きでした。
俺は、そのピンクのタータンチェックのスモッグの心を手に入れる為なら、世界で一番大切にしていた俺の
「やきゅうせんしゅ」という夢も、それから前から飼いたかった「ごーるでんれとりばー」も、
それから、ピンクのタータンチェックが命令さえすれば、幼稚園の4階から飛び降りて死んだって構わないとさえ思っていました。
阿保にも、死んだって構わないとさえ思っていました。

そんな気持ちににていると思いました。







ぽつぽつぽつ






「雨だ」



天気予報機ひまわりは、どうやら雨の予報を的中させていました。
あんなセロハンテープで周りを止めてあるようなひまわりが。



「巨神兵、お前、どうしよっか」



ユニホームで包んで雨から守ってみた俺ですが、どうやら公園の木々の下に入り込んでも
この空からの大粒の涙は止まりそうにありません。
仕方がないので、俺は駄目モトで家に向かって走り出しました。
ああ、ああ、母さんと姉さんはきっと猫を家にあがらすのは許してくれないだろう。
そして気弱な父は二人のいうことに逆らえやしないのだ。
絶対絶対駄目だろう。でも、もしかしたら、なにかの間違いでOKと言ってくれるかもしれない。
うん、そうだ、
シュートは打たなきゃ入らないって誰かが言っていたじゃないか。うん。うってみよう。





「駄目よ」




やはりセンターラインからの5ポイントシュートは入りませんでした。
左手は添えるだけ、をちゃんと守ったのに。



「返してらっしゃい。」



眼前でピシャッと玄関のドアを閉められて、俺は正真証明一人ぼっちになった。
………ああ、ごめんお前もいたな巨神兵。
ユニホームの下で暖を発揮している巨神兵は、そのままニャ―ンと泣いた。
次へ行けと言うのか。
この、冷たい雨を横ぎって。

俺は雨のなか走り出した。




    ハシッテ    走     はしって
はしって  はしって  はhaしりまくりました。
    し      


隣の家の吉岡さん家も向かい隣りの砂糖さんも斜め向かいの桜井さんも俺の小学校の用務員さんも中学校の警備員も駅のホームの売店のおばちゃんもコンビニの年上の店員も道路整理をしていたおじさんも なにもかもが全員
巨神兵などいらない、と言いました。






「………な、巨神兵」



俺の虚心で期待を持たせてしまってごめんな。
限界なんてないと思っていた。お前の為なら俺は命を捨てられると思っていたのに、
今は今夜の夕食のクリームシチューのニンジンにも勝てないとは、いったいどういうことなのだろう。

だるい。

目の前を黄色い傘が突然飛出して消えた。
小学生の傘だ。蛍光の。家に帰るのだろう。家に。

だるい。腕がだるい。

真白のユニホームが水をとり込んで、ずしりと黒く重い色に変わった。
べたり、と肌に吸いつく黒いアンダーシャツ。纏わり付く繊維レベルの悪意。
しがみつかれるのは服だけで十分だと思った。









山梨のミカンの箱は、雨に打たれて色を変え形を変えそうしてまでも巨神兵を預かることから
逃れているようでした。



「ミャァーーー」



かとすれば、剥がれて俺の服に爪の存在だけが残ってしまいそうな程に、仔猫は無邪気でした。
俺から離れたくないというのです。
ごめんな、俺にはお星様形の人参がまっているんだ。ごめん。
右手を剥がそうとすれば左足、左足といけば右手、右手といえば左足、左足といえば牙。
きりがない。
どんどんどんどん引っ掛けられていって、俺のユニホームは所々糸が無残にも飛出してしまいました。



「巨神兵。……」



濡れて黒く重くなったあの部分が差し出せる精一杯の慈悲と、
自分自身の心の欺瞞を疑問の雨から遮る為に俺は姉さんの傘をダンボールの横に広げてたてかけた。
これなら、今日じゅう、雨露を凌げる。ああ、そうだ、これで大丈夫だ。これで家に帰れる大丈夫なのです!



「…ミ…ミィーーニャア」



頭を撫でつけるようにすると、巨神兵は小さく唸りをあげました。
当時の俺には理解できませんでしたが(というか、どっちにしろ猫語なんてわからないので一生わかるわけない)
たぶん、講義か感謝かどちらかと言えば眠い。と言ったと思います。



「じゃ、な。また明日!」



約束なんてしなくてもいいよ、と巨神兵はあくびを一つして(傘で見えなかったから、コレ、俺の想像での
映像が一部混入していると思います)俺を見送った。















★★★★★★★★







翌日     




冴え冴えと澄み渡った空は、アスファルトに自身を映しだす鏡を作って満足したようです。
とても爽やかな風、空の色、空気、日の光、まぁそれもが大抵思いこみで綺麗に見えるだけなのですが
今日はそれを信じてみることにしました。

そしていつもの交差点に引っかかると、実に汚い「山梨のみかん」と書かれたダンボールが
朽果てたといってもさしつかえのないような程に、打ちのめされていました。
側には姉さんの、赤い傘。
ダンボールは汚いのに、傘だけはとても綺麗でした。
とても綺麗なのは、ともすればをすいこんだからかもしれません。
赤信号の交差点では、ぞうきんが寝ていました。
キラキラ光る道路にボトン、とまるで無造作におかれていました。



「おっはよー!シバくん!」



兎丸が後ろから声をかけながら、俺の背中にピッタリと貼りついてきました。
暖かい温もりが体中に広がって、心地よい、と感じていました。

青信号になりました。

俺と兎丸は交差点を渡りはじめました。
それにしても、ぞうきんをこんな所においておいてはいけないと思うのですが…
通りすぎる瞬間に、ふ と眺めてみました。

巨神兵でした。

車に引かれていてぺったんこになっていて、傘に全ての血が飲み込まれていたようで、
そこにはただ、ぞうきんが横たわっていました。



「…………」
「……………」
「……………」
「…………」



何も喋りませんでした。



「…………」
「……………」
「……………」
「…………」



ボリュームを下げても全然聞こえませんでした。



「司馬クー―ン、朝練に遅れるよ!



兎丸がわざわざ交差点の真ん中まで戻ってきて、俺の袖をツンツンとひっぱりました。
俺は、下斜め45℃から見上げられました。
俺は瞬間、かわいいな と思い、守ってあげたいな、とも思いました。

チカチカチカ

信号が瞬きをはじめたので、俺達は手をとって走り出しました。



うーーーーん。




俺のどこかがぺったんこになった気がする。
うーーん。うーーん。どこだろう。    …全然わからない。




そしてまた、俺はボリュームをあげて歩きだした。




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