「そう、関東大会の決勝戦は青学なの」




準決勝を勝ち抜いたその日、真田がご丁寧に病院まで報告しに来た。
いつもどおり、花束とケーキをもって。

僕はいつもどおり花束を適当に花瓶に刺して、ケーキを真田に食べさせてもらった。
そのあと、ひとしきり話したり、うたた寝したりした後に、水色のカーディガンを羽織って先生に出かける許可をもらいに行った。
別に病院着で外の世界をふらふら出歩く趣味はない。
ましてやもう真冬に近いような時期の5時だ。太陽も消え去る。
ただそれを抜いても、病院を出たところにある街道に沿って隣接された公園は、
夜を遊ぶのには最適だから。暗がりの中、何がおこったってわからないから。
今日はそんな気分だから。

先生には、真田のお見送りをしてきます、と言えば許可はすぐ貰えた。










「大丈夫なのか?」

「何が?」



履きかえる紐靴に夢中なフリをして、下を向いたまま何も知らないように切りかえすと、真田の眉はきゅっと、しまった、と隣と相談するように中心に寄った。(見なくても、わかるよ)





「いや、………カーディガン1枚で寒くはないかと思ってな」

「心臓は平気だよ」

















ああ、風が冷たい。


真田より2・3歩先に病院の外に飛出すと、真冬の空気がカーディガンを擦りぬけて
僕の肌をちりちり突いた。



「寒いね」



吐いた言葉が白くなって空に消えてゆく。
さようなら、さようなら。
送迎のように空に上る息を見上げると、頭のてっぺんが後ろにいた紺のセーターと
はじめまして、をした。
セーター沿いにゆるゆると視線を昇らせると、その先にあった真田の眼と出遭う。
咎めが落ちてくるまえに、と、僕は急速に眼を細めると同時に、緩やかに口元を笑わせ肩にかかってくるブレザーを礼も言わずからめとった。



「幸村、風邪を引くぞ。駅からここまでは大分ある」

「だから大丈夫だって」



軽くスキップをするようにしてわざとブレザーをひらひらとみせびらかせはためかす。



大丈夫。
だって、帰りもこれ、貸りるから。
真田は明日また取りにくればいい。  でしょ?




振りかえって首をかしげて笑うと、真田はなんだか複雑な表情で横に並んで歩き出した。
僕は真田についてゆきながら、少し短めのズボンの裾からたまに覗く皮膚を見て、やっぱり足元は冷えるかも、と思った。
まぁ上半身だって肩にブレザーを突っかけただけじゃ、実際はあまり寒さしのぎにはならないのだけれど。 (真田ってほんと、気がきかないよね)






「ねぇ、真田、青学って今年は強そうなの?手塚、いなくなっちゃったんでしょ?」



公園の手前の信号が赤になり、子供が反対側で歩行者ボタンを連射しているのを
バカだなぁと思いながら、会話を一番はじめに戻した。
眼前を通りすぎる車の群が轟音を立てて走り、走り、走る。
灰色の煙が白い煙を抱きかかえて、僕の言葉は半分かき消された。
その証拠に、ほら、真田は手塚?と言う顔をして、ああ、と勝手に自分解釈をする。



「手塚は氷帝の跡部との試合で肩を痛めて、手術の為ドイツにいったらしい。
…まったく、試合でケガをするなどとは、た

「たるんどる?」

「…………たるんどる」

「ふふふ」



手を口元にもっていって吹き出すと、生暖かい空気が触れて、それが結構気持ちよくて
反対の手も口元にもってゆく。
はぁ、と、体から暖かいものを吐いて、手を暖めた。
僕のその仕種を快く思わない真田は、また、お決まりの、本当に帰ったほうがいいんじゃないか?とか言いながら、眼を会わせようと覗きこんできた。
君ってほんと、気がきかない。



信号が青になる。



自由な足を前にほおりだして、僕は駆け出した。
慌てて後を追う真田をかろやかにかわして、
びっしりと留まる車のライトを浴びて、それが僕だけを照らすだけに用意されているような舞台照明な気がして、ふいに高調する。
願賭けをするように、横断歩道の白い部分を踏まないように軽く大又で歩きながら、あの反対側にいたバカな子供を通りぬけ、反対側に着地した。



「幸村!」



ああ、やだ、そんな空気を裂くように叫ばないでよ。恥ずかしい。
でも、僕は微塵もそんな顔はださないよ。
くるりとまわって、ほんの少し切れた息を、無理矢理なんでもないようにおさえつけて
正常な人のように息をした。



「たまには走るのも、いいね」



真田は、暮れてゆく紺青の空を顔に貼りつけて、掛けよって来た。
おかしいの。真田。
僕より先に死んじゃいそうな顔してる。

(そりゃ、そうだよね。真田は)




「………頼むから、無理はしないでくれ」

「やだなぁ、ちょっと走っただけなんだから」



肩を掴む手に手を乗せて、それからバクバクいっている心臓を、なんだか不整に動いている様な心臓を、なんとかそれが嘘であるようにしようと、僕は笑った。

(だまされてよ。真田のように、笑顔で騙されて。)

ああ、夜の女王はマントを広げてくれているだろうか。
変に素で泣きそうな顔をする真田に、また僕は笑った。
マントは広がっているだろうか。
僕の顔が死人のような色だなんて、そんなこと、隠してくれているだろうか。



「真田ってば心配しすぎだから。これくらいでいちいち心臓が発作なんておこさないよ」

「しかしな、激しい運動が最もいけないんだ」

「発作なんて、運動をしてもしなくても、病室にいたっていなくたって、楽しくったって悲しくったっておきるんだからさ」



そうだよ。
今はこんなに楽しいのに。

おきてたりするんだよ。



焦げるような勢いで激しく上下に不整を働く音が聞こえた。
骨に反射してすべてを飛び交い、何個かは刺さって痛みを注射した。



「…わかった。わかったから、お前は見送りは公園まででいい」

「え?なんで?せっかく外にでれたのに…」

「公園までだ。そこからまた、俺が送り返す」

「…過保護すぎだよ、真田」



今度は僕が眉をひそめる。






・・・・

いや、真田の方がすごいかな。

ちょっと吹き出しそうなぐらいシリアスな真田に手をひかれて、公園にむかって歩きだす。
…いや、公園にむかって歩くというより、すでに小走りのような状態でぐんぐんひっぱっていかれる。
真田が夢中に前を見ているのをいいことに、空いている左手を胸に当てて、軽く押さえた。
そして、心臓が止まるぐらいに、ぐっとおさえつけた。
少し、不整脈のような気があるけど、少しすれば治ることもある。
それまでは何か思考を他のものに集中していればいい。
視線をあげると、真田のテニスバックがかすめとおった。
ガチャガチャと背中のテニスバックがせわしなくケンカする。
僕はその音を聞きながら眼を閉じた。

遠い記憶が蘇る。






「・・・・・テニス、したいな」



久しくさわってもいないし、あのコートに立ってもいない。
握り方とか、ボール大きさとか、グリップテープの巻き方とか、ラケットの振り方とか、
僕は覚えているんだろうか。
忘れているはずはないんだけれど、それを確かとも言えない。



「手術が終わったら、またできる」



相も変わらず、手を力強く握ったまま、振りかえらずに真田が答えた。(独り言のはずだったんだけど)
やがて、ぐんぐん僕をひっぱっていた手が緩められて、 優しく離れる。
公園だ。公園についてしまった。
僕が軽く嫌味をこめてついた溜息を聞いてか、
消えてしまう太陽を背に、真田が今にも消えそうなぐらいの笑みをむけた。




「手術……、か」




その笑みに劣らないぐらいの笑みを顔にのっけた。
鬱な気分だ。
別に手術が怖いとか、痛いとか、そういうんじゃない。
むしろ、早く手術をしたいんだ。
でも、でもね。








「・・・早く、誰か死なないかな」


「っ幸村…!」



ガッ と勢いをつけて肩におかれた真田の手は、さっきまで僕の手を握っていた所為なのか、そうでもないのか、どちらにしてもとても熱かった。
僕はその熱さに耐えられず、身をよじる。
吐き気がする。そんな熱い正義感。



「だって、誰かが死ななきゃ、僕は生きれない」

「しかし不謹慎な発言だぞ、誰かを「死ね」、などとは」

「真田が・・・・・・・先に言ったんじゃないか、手術が終われば≠チて」

「そういう意味では・・・・」

「わかってる」








わかってるよ。

胸中でくりかえした。

真田はそういう意味でいったんじゃないって。




でも、


誰かが死ねばいい、 と、思う。(だって、僕、生きたいんだもの)








 



「!」




僕は急に乱れた心臓を押さえつけた。


やばい やばい やばい、



「・・・・・・・ っ  、は 」





脈の飛ぶ感じがした。

それから、意識が飛ぶような気がして、でも、鈍い、心臓のつぶれる音でそれはすぐに戻ってきた。




いたい。

心臓がいたい。


真田の肩に置かれた手が、重くなって、それから足も重くなって、僕は冷たいコンクリートにひざますく。

耳が、遠くなって、真田の声が壊れたヘッドフォンから流れる音楽のように遠くで
  呼ん    で  る 。



「は・・・・、ッ、は  ァッ !」



誰かに絞られて、つねられるんだ。 
赤いマニュキアで色取られた手で、血管を握りつぶされて、頭が白くなる。

いたい、いた い  、 い た    、 さなだ、いたいよ さなだいたいよ 、


皮膚が邪魔で、肉が邪魔で、布が邪魔で、心臓を掴む誰かの手をどけるには、
僕を殺そうとする誰かの手を取り除くには、何もかもか邪魔で、爪先で思いきり、
かきむしった。



「…ッ、 い、  いたい・・  っ  」



かみさまかみさまかみさま、締めつけないで、お願い、お願い、いたいから、 ああ、かみさま、お願い、この手をどけて  ・・!


ぐぐぐ、と気道が狭くなってつぶれた音がして、喉からひゅーと、頼ない、肺から最後の風が吹いた。


僕はいっそこのこと、自分で心臓をとりだしてしまおうかと、更に胸に爪を立てた。



「幸村!」



霧隠れの視界に、暗い空と真田が広がる。
爪の立つ手をとりあげられて、しっかりと絡められる。いたい。
そんなに握られたら、手も死んでしまう。

でも、その痺れるような手の麻痺感覚に、意識が戻ってくる。



「幸村幸村幸村幸村!」



呪文のように僕の名前を呼んで、それはなんにもならないと思っていたけど、
僕にはだんだんと近寄ってきた正常の気配が感じられた。

でも、まだ誰かに確かに心臓は握られたままだ。


僕、もう待てないんだ、もう何年もたっちゃうんだよ、
まてない、まてないんだ、真田、もう誰もまってられないんだ
いますぐ、今すぐ欲しいんだ。
もう、がまんできないから



「真田ぁ……」



開きっぱなしの口からいろんなものが零れ降りた。
それらがしっかり着地できるように、真田の心に着地できるように、
僕はゆっくりとおしゃべりする。

血圧が下がってきているからか、それとも、僕には湯気のでるような暖かい心は
ないからなのか、もう、白い息はでなかった。





「真田、お願い」


あの、コートに立ちたい。
戻りたいんだよ

またあすこに戻る道があるなら、


ねぇ、







「誰か殺してよ」









誰でもいい。
今そこで楽しそうに遊んでいる小学生でもいい。
今そこに一人で転がってるホームレスでもいい。
今そこに誰かを待ってる高校生でもいい。
誰でもいいんだ。



「真田」



もう一度ねだるように、何も残っていない心の底から声をだした。

たとえ、何を失ったとしても、かまわないんだ。
人のこころなんてうしなったってかまわないんだ。

見上げた顔は帽子が陰になって見えない。

僕は,目を細めた。


たすけてよ
病院着の白いズボンのように、何も着てないのと同じような薄さで、このまま息みたいに
空に消えたくはないんだ。
明日も、明後日も、生きていたんだ。



「真田……約束、守ってよね」




僕を全国に連れてってくれるんでしょ?


信じてるよ、ね、信じてるから。









真田は、ぎゅっ と、僕の肩を抱きながら永い永い白い息を吐いた。


ね、その白い息と共に、全ての白いものを追出してよ。
真田の心にある白いところなんて、おいだしちゃってね。
お願いだから、

ねぇ、僕のために。











心臓を花束して、もってきて。













深い息をついたのだけど、もう僕の口からは白い煙はでなかった。
僕のなかから、暖かいものはすべてでていったようだった。





「好き」





真田の右手がとってもつよくにぎられていた。

















おまいらとっとと病院もどれよ。
そして誰もこれが手塚のねばーされんだー1番が元ネタだとは思わないと思います。

※心臓病とか不整脈とか、ホント適当な記述です。
不整脈も2種類混じってるし〜心臓病だって体格と血液が幸村とあわなきゃいけないわけで〜そこらへんのおっさん殺しても意味がないのです〜