あんたのせいよ!! ああぁああぁあああんたのせいで、、あ (校門の前でわめきちらす主婦) |
「一宮」
「ぎゃあぁああぁーーーーーーーーー!!!!!!!!」
俺はてっとりばやく、野球練習のために体育倉庫でグローブとボールの持ち出しを担当していた
クラス委員の一宮に声をかけた。
しかし、一宮は暗がりの、それも突然の出来事にかなりびびったようで、俺が肩に手を置いただけで前につんのめって
ボールの籠に頭から突っ込む。
ガシャン!と激しい騒音を立て、ボールの籠は倒れ側にあったポールまでもが一宮を襲う。
「………大丈夫か?」
見かねて声を掛ける。やや、呆れ顔で。
一宮はそんな俺にようやく気づいて、なんとか置きあがりながら「眼鏡眼鏡…」と転んだ拍子に
俺の足元まで吹っ飛んだ、黒渕の厚い委員長眼鏡を床にペタペタと張りつきながら探しだした。
俺はなんだかのび太を連想してしまって、何だか可笑しくなって拾って一宮の前に差しだしてやった。
「あ?…ああ、ありがとう」
素直に受け取って眼鏡を装着しながら一宮はぶつくさと文句を言いだした。
「いやね、最近ココで幽霊を見たって話が持ち上がってね。もちろん俺はそんな非現実的な事は信じていない、
断じて信じていないけれど、念には念をこめて、だね。ははしかしこれでもう幽霊説はなくなった訳だね、
さあこれで何が来たって俺はもう驚いたりしないさ、しないと………ええー!?う・牛尾!?」
そしてまた、籠に突進した。
(失礼な)
ことさらに蒸し暑いあの日、忘れもしない。突如俺のクラスに、野球でも、問題児でも有名な牛尾が戻ってきた。放課後のグラウンドでの野球練習で当時クラス委員だった俺のところに急に現われ、球技会の男子種目の野球に是非入れて欲しいと言ってきた。俺は、もちろんOKしたさ。あんなに頼まれたらどうしようもないからな。しかしなにがどうして、野球に戻ってくる気になったのか知ったのは、もっと、ずっとずっと後のことだけどな。 |
「牛尾ッ!!」
眼鏡を渡した時に差し出した手、そのままを、ぎゅっと掴まれた。
それはもう初めて貰った小遣いを握り締めるくらいに。
伴なってぐぐっと近づいてきた顔は昂揚しきって赤くなっており、俺は少しひいてしまった。
しかし一宮はたいして気にもとめていないようで、そのまま勢いにのってしゃべくり出した。
「牛尾!牛尾御門だね!!ああ、君をこの光の下で見れる日がこようとは夢にも思っていなかったよ!
うしおみかかど!うしお!みかど!わーー感激だ!うし」
「うるさい」
あまりにうるさかったので、近くにあったボールを頭に投げつけてしまった。
「うわっ!あ・危ないなァ…!」
直線を走ったボールは確実に一宮の頭を直撃すると思っていたのだが、あわやその手中にボールは収まった。
少し本気で投げたのに。
すると一宮は急に嬉しそうに、ボールを俺に渡しながらニコニコと笑った。
「野球!」
「…?」
「野球、好きだよな!」
何の理由があってかこんなにも嬉しそうにする顔を見れず、目線をずらして向こうの小汚い壁を見るしかなかった。
たかが上級生とも揉め事で野球を離れた自分が、好きだと言いきるのは卑怯でそして滑稽じゃないか?
自分でも馬鹿らしい理由だと思う。けど、一生懸命なコイツを見たら急にそんな気がしてしまった。どうしてくれんだ。
先走って口だけは「す」と開いて、後は一息を待っているだけなのに、途中で何も言えなくなってしまったじゃないか。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………好きなんだよな!?!?」
一宮は一気に青ざめ、慌てて俺の肩をつかんだ。
「いや、牛尾といえば野球だろ!やっぱり野球しかないって!な、な、なんかしらないけど今俺に会いにきたってのは
やる気になったからだよな!?ち・違うといっても駄目だからな!俺はもうお前をつれていく気になっている!
一緒に野球をやろう!…あ、いや、やろう、むしろやってください。お願いだ!俺の一生のお願いだ、お願い…」
喋るにつれてボルテージが下降していく。最後にはすでに懇願になりつつある。
なんで俺なんかに執着するのかわからなかったのだが、でも、それでも、昼に屋上で会ったと同じで
勝手な言い分と、でも何故かそれが苦にならない程度の我侭。
「……好きだぜ、野球」
息を吐き出してやっと言えた。
「…!そ、そうか!よし、じゃさっそく行こうじゃないか!」
そう言ってしっかりと途中で逃げないように!と、右手を掴まれた。
逃げる訳ないだろ。たかがクラスの野球に混じるくらいで。
そう、たかが。
そうして、俺がつれていかれたのは、野球部の部室だった。(………。)