知りませんって。    知らないですったら!
  ちょ、なん、も・    もう帰ってください!  帰って!  帰ってったら!!

(某野球部3年生・校門前にて)











      ※一宮先輩のお話


牛尾はな、中学の頃からちょっとした有名人だったんだ。
あ、もちろん野球でだぜ。
そんでな、十二支へもスポーツ推薦で来たんだよ。
俺の友達がアイツと同じ中学校でそれはもう自慢してたんだぜ。
「俺は牛尾と友達なんだぜ」って。それだけで俺達には、すごい憧れだったんだ。
実際、牛尾はうまかったさ。試合にだって出ていれば、結果が変わった事だってあるかもしれない。
いや、こんなことありえないけど、1年の時から出場していれば甲子園だって夢じゃなかったかも。
まぁ、あくまで
、出ていれば、の話だが。



*牛尾御門*1年生*金髪*腐れ*屋上にてサボり決行中*






「あのさ」



1年の象徴、赤い芋ジーャジを華麗にはためかせ、青い空をバッグにその女は立っていた。
7月になってすでに長ジャージの季節はすでに終わっているのだが、女子は何故か脱ぎたがらない。
こいつも腕をたくしあげ芋色長ズボンを履いていた。


「……牛尾君?」



返事をしない俺にのせいでひそめられた眉は、微妙にカーブを描いて、ちょうど向こう側に見える飛びたったばかりの飛行機と正反対の経路をとった。
俺はちょうどコイツの影に入っているので顔を見上げることはできたが、別に、興味がなかったのでそんなことはしなかった。
それに昨日の夜借りたビデオの見すぎで首が痛いんだ。



「ちょっと、聞いてる?」

「…なんですか、サン」



1歩俺に近づいて、真っ白なその上履きを目の前にさらけだしたその女は、身体全体で吃驚した様子を伝えてくれた。
しかしそれは、決して哀れにも上履きの下敷きになっているセブンスターの吸殻に反応したのではない。
俺は胸ポケットから最後の1本を取り出して、100円ライターで灯を着けた。
そこでやっと”サン”は慌てて口を開いた。



「ちょちょちょっと、何やってるのよ?」

「何が」

「タバコ!学校で吸っていいと思ってるの!?」



俺はかまわずゆっくりと2.3回口を着けて、味わう。



「じゃあ、家で吸ってりゃいいのか?」

「いやそういう問題じゃないって!」
    ・ ・
「家庭問題だろ」



捻り出す言葉を見失ったようなサン、は、いやそうなんだけどね…と続け、しかしそれからこの事については口をつぐむ事にしたらしい。
あーとかうー、などと悩み、数分どうやら思考は原点に戻ったようで
えっと、何で私の名前知ってるの?と、多少の期待を内に含んだはにかみの顔で俺に笑いかけた。
そんな風に笑われても困る。それはただ、



「…上履きにそう書いてあるから」



1歩踏み出されたそれに、やわらかな赤い文字でくっきりと彼女の名前が刻まれているからなので。



「あ、ああ、そうなんだ」







微妙な終わりで会話が途絶えた。

無言の空気の中で俺の頭を見つめる視線と太陽が熱い。熱烈に痛いといってもいい。
しかし外のあの、あの例の悪辣な音をかき消すように蝉が夏を謳歌しているのが、唯一の救いなのかもしれない。
俺の側でしばらく屋上の壁に引っ付いた勘違いの蝉だけがじりじりと喋っていた。



「あのー…さ。」



長い時間 (実際はほんの2.3分だったに違いない。何故なら一向に蝉が鳴きやまなかったからだ) 考えて、サンとやらは
登場シーンとまったく同じセリフを吐き出す事に成功した。



「今度の球技会の事なんだけど、出て、くれるよね?」



くれるよね?
なんだよ、その微妙に区切った言い方は。
半場、強要されているような気がして少しムッとし、俺は咥えたタバコを手に持ち替えて上を仰いだ。
目にかかった金の前髪が太陽に透かされてさらに色を失い、また、同じく色を失ったの顔と被さってキレイに白い景色が広がった。



「あーーーーーっと、ね!全員参加じゃないと認められないんだ、だから牛尾君にも一応出場して貰わないと、こ・困るんだよ!」

「…一応?」

「あっうん、当日に登録の時にグラウンドでチェック受ける時にいてくれさえいれば」



居てくれさえいれば、俺は必要ないって?





  ※鹿目先輩のお話

  牛尾は自他共に認められて十二支に入った奴なのだ。
だからきっと、すぐにでも練習に参加できると思ったんだ。
けれど前監督は学年を重視する人で、実力が伴っていなくても3年はレギュラー。
そして1年は大所帯の雑用みたいな事をやらされていたのだ。
牛尾はそれに反発して直訴したんだけど意見は通らなかったし、それが原因で当時の先輩達とも一悶着あって、
結局、野球部をやめてしまったのだ。
その時期はバイクで登校するようになったり、他校とのケンカでモメたり、生活指導の先生と大争いをしたりと
違う意味で有名になったりもしたのだ。






突然立ち上がるとは俺も思ってなかった。



サンは俺は足手まといだとか思ってる?」



自分でも的外れな質問だと分かっている。
案の定サンは慌てて手と頭をブンブンと振りまわして力一杯否定の意を表した。
それが俺の畏怖からとれた行動なのか、本当にそう思っているのかは今もわからない。



「ちち違うよ!牛尾君って、そういうのできるかなぁと思って」

「そういうのって?男子の種目は?」

「野球だよ」



野球?
なんてこった、
得意分野だよ。



あまりに可笑しかったので、自嘲と共にセブンスターも口から零れ落ちた。
それをかかとを潰した履きで、踏みにじる。



「…俺は、野球だけは誰にも負けないぜ」



そうだ、誰にだって負けたりしない。
立ち上がったせいで、背にしていたグラウンドが視界の隅に入り込んできた。
土の匂い。白いボール。手に馴染んだバットの感触。タンスに綺麗にたたんで仕舞っている、ユニフォーム。
タバコを買った時に自動販売機にわざと置いてきたお釣りと、野球。
今なら、取りに戻れる。



「でも野球は牛尾君が強くたって、皆と協力し合わないと意味ないんだよ?」

「そんな事わかってるさ。俺は野球推薦で十二支に来たんだぜ」

「じゃ、どうするの?クラスの男子と一緒に練習するっていうの?」


できるの?はぐれ者の牛尾君が?

と、サンが言った。
いや、正しくは俺がそう言われた気がした。



「できるさ」

「ホントに?」

「野球は………LOVEだ」

「ぷっ…!」



なにそれ?全ッ然流行ってないってそれ!とサンは笑って、今度はちゃんと太陽の色をした顔で俺を真っ直ぐ見つめた。
その顔に浮かぶのは、凋落した俺に光を見出したからだけではない、笑みがある。
安堵の表情と取ってもいい。



「よかったな。どうせクラスのやつに押し付けられたんだろ?俺を説得して連れ戻して来いって」


するとサンは、横溢の表情で俺に言った。



「え?アハハ、違うよ!私のクラスが一番とったら父さんが新しいケータイ買ってくれるってういからさ!」



これで男子の種目はは安泰だわ。
でも、牛尾君が承諾してくれてホントによかった〜!ちょっと怖かったんだ、初めは。




なんてくだらない理由なんだ…
飽きれて閉口しながらも、自分で口の先端がだんだんとつりあがっていくのを感ぜずにはいられなかった。
今、俺は自分の意思に関係なく笑ってる。
笑ってるんだ。

遠く、近くで、ボールを打ち上げた音が聞こえた。
ああ、なにやってんだ、あのドヘタ!ファーストの送球ぐらい確実にやれよ!
ほらさっさと走れ!



今なら、あの白球の行方を追っていける気がする。















連れ戻して欲しかったんだよ。誰かに。
いまさら戻れないって考えを、たまたまアイツが払いのけただけさ。
ああ、わかってるだろうが、そいつを好きだったからじゃない。
ただ、それが始まりだっただけさ


















屋上って、グラウンドから一番遠くて、近い場所なんだよ。(見渡せるでしょう、ここから。そしていつでも戻りに帰れる場所なの)