昼休みの図書室。
誰もいない空間で図書委員のいない所でいつものようにタバコふかしてた。
さっき沢松に言った事がすごく気になる。あれは本当?
勢いで言っちゃったかんじがしたけど、困った沢松の顔を見たら私も困って来ちゃって、
気付いたらいつもみたく、逃げてた。
「ケホッ、ケホッ・・・」
すぐ後ろでせきこむ声が聞こえたから私は驚いて後ろを向くと、いたのは昨日の女の子。
「タバコ・・・ですか?」
怯える表情もせず、それがすごいナチュラルに聞いてくるから私も正直驚いた。だって真顔で聞いてくんだよ?
「そろそろ先生が資料を取りに来ますから消しておいた方がいいですよ」
その上助言までしてくれる。
普通チクるんじゃないの?アンタみたくマジメな優等生はさ。
そう思いつつそいつの言う通りにする私も私だな。
タバコの火を消して窓の外に放り投げて、しばらくそのままにしておいたら
開いた窓からタバコ特有のにおいは跡形もなく逃げていった。
「凪・・・」
「はい?」
とっさに口が開いてた。
「あの・・・どうして私の名前を?」
あ、そっか昨日会ったけど名前なんて聞いてなかったっけ?
「猿野と沢松から聞いたよ。野球部のマネージャーしてんでしょ?」
猿野がぞっこんな女の子・・・ってね。
「猿野さんと沢松さんに?
あ、はいマネージャーさせて頂いてる鳥居凪です。えっとあなたは・・・」
「ああ、私は。でいいよ」
「じゃあつかりちゃん」
「私は凪でいい?」
そのあと先公が来て、私はその金髪をなんとかしろとか言われてやっと帰ったと思ってから20分くらい
私と凪はずっとしゃべってた。
思えばこんなに話しやすい奴、初めてかも。そういえばひとつ、聞きたいことがあった。
「ねえ凪って私が怖くないわけ?」
どうしてですか?なんて聞いてくるこいつを少し天然とか思った。
だって他のやつって結構私に近付かないしさ、サオリとよくサボってたからあまり
学校いなかったし友達っていっても浅い仲の奴ばっかだし。
「いいえ」
でも、凪はいつものすこしぽーっとして、それでもはっきりと
「だってちゃん、話しやすい人だから」
って言ってくれた。
チャイムが鳴って凪は教室に戻っていった。
私は久しぶりに教室に戻ってみて、授業でもうけるかなって思ってた。
そして教室に入ろうとしたら、今日は遅刻してくとか言ってたサオリがクラスの
友達と一緒にいて、私も話しかけようとしたけど、次の一言で一瞬、手が止まった。
「?あ〜一緒にいてやってるってかんじ?」
サオリの言う言葉。
「あいつ中学の頃マジつまんねー奴でさ、でもアタシから話しかけちゃったし
後に引けなくてつきあってやってたんだけど〜」
気付かないうちに小刻みに震えていた私の手はぴたりと止まって
表情をなくしていた私の顔は密かに笑っていて
ああ、そうだね知ってたよそんなこと。
頭の中でそういいきかせて不思議とすんなりと頭の中に入っていく残酷な言葉。
中学の頃言ったね私に何度も。
”、あんた私の事嫌いじゃない?無理せず言ってよね。私いつでも他のグループに入れてもらうからさ”
はっきり言えばいいのに。そうすれば私はこんな風にならなかったんだ。
そんな風に私のいない所であることないこといいふらしてるのも知ってたよ。
そんなに私と一緒にいたくないなら言えばいいじゃん。私だって気分悪いしさ。
ドアを開けようとした手は硬直したままで、止まってた。
しばらくしたらクラスの中から笑い声が聞こえて、私は絶えきれなくて
教室に背を向けて、走り出した。
−別に知ってたならどうして逃げる必要がある?−
頭のなかで響く言葉。
・・・そんなの決まってるでしょ?
担任とすれ違う。
「!授業が始まるぞ!」
そう叫んだけど私は無視した。
角を曲がったところで立ち止まって、しばらくそこに立ちつくして、壁に体を預けると頭に固くてひんやりとした感触が心地よくて
目を閉じて、すこし上向きになって涙が流れないように、した。
−どうして泣くんだよ?−
そんなの決まってるじゃん。なんか目尻が熱くて足が震えて
きっとゴミでも入ったんだね。
大丈夫、大丈夫。
少しこのままでいれば涙なんて乾いてなくなるから。
しばらくの沈黙。
聞こえるのはどこかの教室で先生が数学を教えている声と、
少し先にある窓からびゅうびゅう聞こえる強い風の音だけ。
その音の中にまた一つ、音が重なって
それはどんどん近付いてきて
誰だろう?
「」
振り向くと、サオリがいて心配そうな顔をしてた。
ああそっか。あんた私があの会話聞いてたって気付いちゃったんだね。
で、どうする?
あんたは、またいつもみたくそのうわべだけの心配をしてすませるの?
私がまんまとだまされて、またあんたのあとをついていくと思ってるんでしょう?
いつもと、同じになると思わないで。−きっと私の顔はすごくコワイんだろうな
大丈夫?なんて言われても
どうしたの?なんて言われても
どんなに心配そうな顔をされても
もう、騙されないから。
でも、サオリが吐いたのは意表をついた言葉だった。
「さっきの事、先生に言うの?」
なんかそれを聞いたとたんにすごく頭がカッとなって、
私は気付いたらサオリをひっぱたいてた。
やってやった。ザマーミロ。
でも、私は
これからどうなるんだろう?
屋上からグラウンドを見渡すと、体育の時間らしくソフトボールをやってた。
そういえば私もやってたな、ソフト。
メンソールの味が恋しくなってきて、私は今日6本目のタバコを吸い始めた。
「あと3本、か・・・」
ライターを取り出して火をつけて、すった煙をふう、と吐き出すといつもみたくメンソールのすうっとした心地よさが口の中に広がって
この瞬間だけ忘れられる現実。
そういや私ってなんでタバコ吸うようになったんだっけ?そうそう思い出した。興味本位ってやつ?
好きなアーティストが吸ってるこれを、吸いたくなったんだ。
バタン
扉を閉める音。その方向に目をやると、そこにいたのは凪。
私はもう授業終わったんだっけ?なんて思って携帯の時計を見たけどやっぱりまだ授業中。
成績いいのに
「凪・・・アンタ何やってんの?」
凪は悲しそうな顔をしていて、私はさっきの出来事を思い出した。
するとなんだか涙が出そうになって、怖くなってそろそろ火を消そうと思っていたフロンティアメンソールをもう一度
口に銜えた
「さっき、すごい音がしたからクラスのみんなが出ていったら片山さんが
『に殴られた』って・・・」
ああそっか。ねえ、あいつ涙目だったでしょう?モロ被害者って感じだったでしょう?
「ああ、ひっぱたいた。それがどうかした?」
いいわけなんて、したくない。
「あいつがむかついたからひっぱたいてやった」
私は悪人?それでもいいよ
「あいつ、何て言ってた?だいたい想像つくけどさ」
ねえ凪。あんたはサオリの心配しなくていいの?きっと泣いてるよ。
に殴られた、私何もしてないのに・・・って。
アンタ優しいからさ、あいつの手当とかしてやんなよ。思いっきり殴ったからかなり痛がってると思うし。
何も言わない凪がすごく自然に思えて、沢松の時みたくぺらぺらとよく動く口。気持ち悪い。
きらいな自分がここにいる。
本当の事を言いたくないと胸の中で言って、本当は分かって欲しいと私の体が訴える。
本当の事を分かってもらえたらどれだけいいだろう?どうして私がこうしているのか。
昔はよくそう思ったけど。でも今ならはっきり言えるよ。
「そんなの無理」だ、って・・・。
さっきまで鬱陶しいくらいによく動いていた口がいきなりぴたりと止んで
握っていた紙の箱の中身がからっぽになってることが気付いた。
自分はどれだけしゃべってたんだろう?
凪は相変わらず黙っていて
呆れてるのかな?それとも馬鹿だと思ってる?
「ねえ、凪」
ああ、また口が動き出す。いらない事ばかりぺらぺら喋っちゃうよ。沢松の時みたいにさ・・・。
「あんたは・・・」
「ちゃん」
再び開いた私の口を止めたのは他でもない、凪だった。
「何?」
きっと今の私はすごく不機嫌そうにしてるんだろうな。目つきとかすごく悪くて
いつもこのひとにらみでみんな怖がって、私に近付かないんだ。
いったいいつからこうなったんだろう?
「大丈夫・・・何かわけがあったんでしょう?」
少し悲しそうに笑う凪はすごく綺麗で切なげに見えて、なんだか私は胸がちくりとした。
「バカ?あんた何を分かった風な口きいてるわけ?」
いったいいつからこんな口をきくようになったんだろう?
「・・・・・・・・だって」
コワイ。
その先の言葉を聞くことが。それでも聞きたいと訴える脳が私の足を地に縛り付けて
体が動かない。
いいこちゃんに同情されるほど私はおちぶれちゃいないよ。
勝手に分かった気になっていい気になってんじゃねえよ。
一体いつからこんな奴になったんだろう?
「・・・・・・言うなよ」
ぽつりと出た言葉。
凪は少し驚いて、でも少ししてから今度はちょっと厳しい顔をして一歩、また一歩近付いてくる。
反射的に後ずさりする私はなんだか泣けるくらいに情けなくて、泣きたくて、でも凪に見られたくなくて、
息を止めてこらえていた。
がしゃん、と音を立てて私の背中は屋上のフェンスによりかかる形になって
それ以上下がれない私を凪は追いつめようとも問いつめようともせず
ただ、厳しい顔をまたさっきみたいな悲しそうな笑顔に変えて
一言。
感動とかそういうのはしばらく忘れてたけど
−いつからだったっけ?
いつもいつも浴びせられる言葉を自然に感じて
−気付かなかっただけ
でも欲しい言葉は必ずあって
−知りたいけど知ろうとしなかった
いつかその言葉をサオリが言ってくれると思いこんでいて
−知っても手に入らない現実に自分が絶えられなくなるから
無駄な時間だけが、過ぎた
過ぎて、・・・・・・・・・・・・いた
「だって、ちゃんいい子だから」
ひとつ。
たったひとつでいい。
私のほしい言葉をひとつでいいから欲しい。誰でもいいから私の事分かってくれる人がほしい。
わがままだって、知ってたからそんな人いないって思いこんでた。
いつまでもそのまま、自分はそのままでいい。
ただ、一人だけでいい。
昔の自分をホメテホシイ
今の自分をホメテホシイ
未来の自分をミテホシイ
欲しい、欲しい
『今ならはっきり言えるよ。「そんなの無理」だ、って・・・。』
そう言い聞かせる自分はどこへ行った?
止めていた息が苦しくなって口を開けてゆっくり呼吸をすると涙がぼろぼろこぼれだして
からっぽになったフロンティアメンソールも
もう少しで使い物にならなくなるライターも
力が抜けてかくりと折れた私の足も
同時に屋上のひやりとしたコンクリートの上に落ちて
ぽんぽんと背中を叩いてなだめてくれる凪に私はものすごく、甘えちゃったような気がする
ああ情けない。
ついさっきちょっと話しただけの奴に同情されて今まで決して人前では見せないつもりでいた涙まで見られて
でもそれを嬉しいと思う自分が少し
望んでいる自分に近付いたような気がした。