バシャバシャバシャ。

懐中電灯を持っている左手が、いいかげんにあきらめろと反抗しだしたのだが
私は気付かないふりをして、再度暗いプールの底を照らし直した。

バシャバシャバシャ。

右手で掃除用具であるデッキブラシの柄の部分で一生懸命に

バシャバシャバシャ。

プールの底に沈んだ

バシャバシャバシャ。

指輪を救い上げようと一生懸命になっていた。
















素敵だね。



















野上ケ丘中
二年五組
なんというか、イジメ?にあっています。ハイ。
顔、普通。性格、普通。成績、普通。取り柄、特になし。強いて言えば絵を描くこと??しかも別に人並だし。
両親は片親だけど、別にそんなことは理由にだってなりゃしない。
だから、特に理由もないから、さっぱりイジメられてる訳わからんのでした。
でも別に悲しくないのですよー他のクラスに友達はいるし、教室では本読んで過ごしてる。ちなみに愛読書はボボボーボボーボボ。
夢はイジメの犯人を鼻毛真拳でやっつけること!!(オナラ真拳は却下)


この手のイジメは今に始まったことではなかった。
靴が無くなるのは日常茶飯事、でも別に上履きで帰れるし。
(あ、でも靴に給食の「ふじっこのつくだに」が入ってた時はさすがにまいったけど。)
傘が無かったり、教科書が糊付けとか、掃除一人で押し付けられたとか…とにかくいっぱいあったけど
友達とか助けてくれて全然平気だったけど…けど…。





「コレはーーーきついっしょ」


はぁ、と自然にでっかいた溜息が出た。
その息でプールの水面がゆらゆらゆらいで、その底に沈んでいる指輪もまた、ゆらゆらと形を変えた。
体育の時間に外してしまった、母さんの形見の指輪。
いつもはネックレスにしてもっていたんだけど、今日に限って外してしまった。
ーーーーだって、普通、柔道の授業じゃネックレスしないでしょ?
それを目ざとく見つけられて(ヒマ人だなオイ)、それをプールに投げ込まれてしまった。
ウチの学校はプールがあるが水泳部はない。なんでも弱小だったので昨年つぶれたとか。

「あーーー水泳部あったらとってもらったのに・・」

私はあてつけに「水泳部部室」と書かれた、古ぼけた更衣室のドアににガン、と一発蹴りを入れてやった。
ちなみに私は、泳げない。
はっきりいって水泳の授業は、いわゆる「乙女の事情」とゆーヤツでかたっぱしっから休んでやった。
泳げなくたって生きてゆけるっちゅーの!!
今はプールの季節ではなく、お世事にも綺麗とはいいがたい水が、私の侵入を拒んでいる。
オマケにご臨終あそばせなさったハエやら蚊やらトンボやら空飛ぶ生物大集合!!ってなかんじで
ウチの学校のプールで死体ごっこしている。ハタ迷惑です。
しかも、今は時間的に外も暗くなり出して、幸いくもは一つもないのだけれど、月の光ぐらいしかこのプールを照らしていない。
うおぉおおなんだが急に昨日テレビで見た「魔の第4コース」の話思い出しちゃったよ!!どーするよ!!!


悔しくなってもう一発ドアを蹴ってやったら、小指のカドをしたたかに打ちつけてしまった。
痛い。ちくしょーー反抗する気かっ。このっこのっ。
嗚呼ムキになって蹴っていたら、涙が…。
…そうだよ、なんで私が。
こんな思いしなきゃいけないんだよぉ。
ぐすっ。

「なによぉ…」

ガスッガスッ。

「女が泣いていいのはさァ〜幸せな時と〜結婚式とぉ〜」

ガスッガスッ。

「タンスのカドに小指をぶつけた時だけなんだからさぁ〜」

「ぷっ」

はっ。
慌ててその笑い声の方向にり返ってみると

「タンスのカドって…ばっバカじゃねぇの・・!!!」

おっきい目のクセに皮肉気につりあがった目。
ちょっと長めのサラサラの黒髪に、男の子を主張する太めの眉毛。
ムッツリしてると近づき堅くって恐い感じがするけど、それでも元気って感じをいっぱい詰めた少年。
間違うことなく、ウチのクラスの真田一馬君だった。

「や…やあ」

なんて言ったらよくわからなくて、気がつけば片手をあげて変なアイサツをしていた。
だいたい1回も喋った事ないから(女子でさえ、あんま喋った事ないんだよ?)
なんて言ったらいいかよくわかんない。

「何やってんだ?」

真田君は肩から斜め掛けしたスポーツバックを抱え、少し湿り気のあるタイルに足を取られないようにゆっくりと近づいてきた。
上下アディダスのジャージ。
いかにも「部活帰りです」っていう格好。
あらあら、靴下ドロだらけだよ。
でも、真田君って部活はいってたっけかなー?

「…真田君こそ、何やってるの?部活入ってたっけ?」
「ばっか、こんな遅くまで部活やってる訳ないだろ。俺、サッカークラブ入ってんだ。その帰り」
「へーそうなんだ」

そういえばサッカー雑誌を読んでいる所、視界の隅にうつってたかもしれない。
よく覚えてないけど。

「で、は?」
「え。あ…ああ」
「…」
「…」
「…」
「…」
「…何か言えよ」

がくっという感じで真田君がそのでっかい目で私を見た。
だぁって。
いいづらいでしょうそんなこと。女心わかってないなァ〜。

「…イジメ?」
「ありゃ。なんでわかった?」

知ってるなら聞くなよ。
このヘタレめ。

「うん…と、対馬、あんま女子と喋ったとこ見たことなかったし…その、なんいいうか
 皆が、言ってた・・し」
「あー…うん。まぁ、知ってるよね」
「…ごめん」
「真田君が謝ることじゃないよ。ってゆーか私の名前よく知ってたね」

真田君って無愛想で近寄り堅いって感じだけど、一歩皮むけば実は素直で優しくって
けっこう面倒見がよくって、男子の間でも女子の間でもけっこう頼られてる。
こないだの文化祭の時だって、けっこう頼られてたよなぁ。
そんな人って私とは別世界だって思ってたから私の事知ってたなんて、ちょっと意外。
と、いうか、私が真田君の事けっこう見てたことも、ちょっと意外。

「覚えてる…よ」
「一応クラスメートだしねぇ」

けらけらと私は笑った。
横を見るとなんだか目があって、そしたら何故かぷいっとそらされてしまった。
特に話もなく、会話もそこで止まってしまったので、なんとなく気まずくなって視線を泳がすと
プールの中央に浮ぶ鮮やかな緑色の物体が目に入った。
先ほどまで私が指輪のつっつきに使用していたデッキブラシ。

「あーーーっっあーーーーーっっっ!!!!どーしよデッキブラシ!!!」
「は?」
「アレ一個しかないってのに!!あーあーあんな真中に流されちゃって…」
「お前なにやってたの?」
「んとね、指輪をとろうと思ってたんだぁー…あっ戻ってきた」
「指輪?」
「ん。プールに落されちゃって、私泳げなくってさ、あっあっああーーーっっ」

デッキブラシは風に流されてプラプラとこっちつかず、あっちつかずで、さ迷っている。
はぁついてないなぁ。
こりゃあ明日辺りにクラスのホウキをかっぱらうしかないのかなぁ。

「・・と、さ、真田君!!??」

唐突に。
唐突に真田君はジャージを脱ぎ始めて、私にちょっと持ってて、とジャージとバックをほおり投げた。
薄暗い月明かりのせいでよく見えなかったけれど、その下からは、胸にしっかりと「東京」のニ文字がついた
丁寧な造りの青いユニフォーム。
背中には「20」っていう背番号がやけに輝いていて、全然詳しくない私でもそれが練習用のジャージなんかじゃなくて
とっても大事なユニフォームだってことが一目で解った。
真田君は、靴下も脱ごうかな、とぼやいていて。
いったい何をするかわかんなくって、ううん、ちょっと、いやけっこう心の隅で「もしかして」と思ってたことが、現実になるっぽくて。
ーーーやっぱ脱ごう。
そう言って真田君は、靴下をも脱ぎ捨てて


バシャン


豪快にプールに飛び込んだ。

「冷てーーーっ」

ーーーどうしよう。

「しかもプール汚ねー」

ーーーどうしよう。

なんか、私、今、すっごく感動…

「よ、よしてよ、ユニフォーム…ぬ、濡れちゃ…」

こんなこと言って真田君が「あ、そ?じゃ上がる」
とか言ったらたぶん(いえ、本気で)張った押して、数十回プールサイドに頭打ち付けてやるんだけど
でも、真田君は返事をしないまま、すうって思いっきり息を吸ってプールの中に消えてしまった。
その時、寒くもないのに、体が真から寒くなっていったのがわかった。
私は真田君のジャージをぎゅって抱きしめて、内からくる寒気を癒した。
ジャージは真田君の体温がかすかに残っていて、そのぬるさがとても心地よかった。
それから、永遠にも一瞬にも感じる時間の中で、時折水面に浮ぶ空気の泡を私はただ黙って見つめていた。

ざばっ

「コレか?」

やがて一つの腕が水面から出てきて高らかに掲げられる。
大事なユニフォームにべったりと枯草が絡まって、たぶん頭にも枯葉がくっ付いていた。
何時もの元気な目に水が入って苦しそうに、ちょっと口の端歪めて、そんな真田君見てたら
無償に涙が出てきて、目が霞んでわからなかったけど、私は必死で壊れた人形みたいに何度も何度も頷いた。
違ってたって、いいと思った。

うざったそうに張りついた髪の毛を横に掻き分けると、私のいるプールサイドに真っ直ぐ歩いてきた。
心持、うつむきかげんで。
私は真田君をプールから引っ張りあげようと、手を伸ばす。

「サンキュ…ってなっ何、泣いてるんだよ!?…おわっ」

ばしゃんっ


大きい水音と共に、真田君はプールへと逆もどり。
私も、ひっぱられたせいでプールへと落ちてしまう。


「大丈夫かっ?」

ずいぶんと焦った口様が水から浮き上がったと同時に聞こえる。
泳げないと知って心配してくれたのだけど、ここは浅いから大丈夫。足もちゃんと着いた。
でもそんなことより、水が目に入ったことより、ぬるぬるの藻が頭に付いた事よりどんなことより、
すごく、涙がでた。
真田君が、ただ、かっこよすぎて。

ただのクラスメートなのに、声かけてくれて、プールに飛びこんでくれて、指輪見つけてくれて。
そしてまた、自分のユニフォームより私を心配してくれて。…優しいね。
でも、ここまで私にしてくれるんだからきっと、仲がいい女の子には、もっと、もっともっと優しいんだ。
そう考えると、急にやりきれなくなった。
胸をかきむしりたくなるって、こういう時につかうんだと、思った。

泣きじゃくってる私に、真田君は眉間にしわをよせ、まるで自分も泣き出しそうな子供のような顔で
つったっていた。
目がキョロキョロと絶え間なく私の顔と、自分が持っている指輪を交互に見てる。
それから、やっと数十秒して甘やかすような声で呼んだ。





距離0センチで見る真田君の睫毛はとても長くて。
さらさらと、おでこを撫でる黒い髪。
水中で握りあった片手。
それから、ジャージと同じ体温を持った、柔らかい、唇。


「さな…」
「俺が守るから!!」

一瞬近かった顔がもう遠くなり、そして真田君の顔が赤い。

「お前のこと、俺が守る。だから…泣くな、よ」

そっぽ向きながら。でも緊張してこわばってる横顔が弱々しい月の光によって浮び上がる。
水の中でつながってる片手がぎゅうぎゅうとすごい力で握られて、返事を待っているというよりは
自分で言った事にドギマギしている状態に近いと思う。

「…うん」

私も随分緊張しているらしい。涙も何時の間にかひっこんて、そう返すので精一杯だった。

それから、真田君は黙って私の右手をとって、母さんの指輪を薬指にはめてくれた。
ちょっとサイズが大きくてぶかぶかしている指輪を、ぎゅっと上から握り締めるように真田君は
手を握って、それから



私達は笑いあった。












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ドリームではなかったのを書き換えました(爆)
2002.3.7