「……すいません…?」



赤いペシャンコの水気たっぷりのマットが、私を静かに歓迎した。















紅茶の味が、口に残って離れない。


















先日。
商店街の端っこ ( というか、すでに裏通りだわ ) に佇んでいる雨宿りをさせて貰った花屋を、
大学に行くついでに、私はまた尋ねてみる事にしたの。
昨日丁度父さんの取引先の人が持ってきた、英国の高級紅茶セットの詰め合わせをもって。
……手を抜いた訳ではないの。私が紅茶より緑茶が好きなだけよ。
なんてったって日本人!だもの。


朝早く、まだ寝ぼけ眼をこする商店街をすり抜けながら、私はあの路地裏を目指した。
といっても、さすがに例の豆腐屋は起きていたようで、使い古されたシャッターがほんの30cm程
地上から浮き上がっており、白い湯気が、私におはようをする。



「お早よう」



つい、口に乗せてみた。
その後慌てて周りを確認したわ!一人言を言っている所を見られるなんて、恥かしいもの!
幸い小鳥だけが霧靄の朝を囀っているだけだったの。
嗚呼、危ない、危ない。
そう思いながらも、ステップを刻む足は軽やかに道を鳴らし続ける。
いやね。何でこんなに楽しんでいるのかしら。
自分で答えは分かっているのだけれど、癪というか、まぁ、口には出さないわ。
もしかしたら、口に出したら色を帯びてしまうかもしれないんですもの。




軽いステップをしながら最近オープンした小さなカフェの辺りまで歩いてから、駅にほんの100m近くになって。
そうえば、と、足を留める。
どの路地裏だったかしら?
なにしろ古い商店街なので、脇道の数が半端ではないの。
そこの呉服屋の路地?それとも散髪屋の右路地?それとも新しい花屋の左路地?
あの朝は傘の隙間を縫って走っていたから、いったいどの道を入っていったのか嗚呼、忘れてしまったわ。




そうね。こうなったら、これしかないわ。

私は願った。
見つかって頂戴!
勢いよく目を瞑りその勢いをつけてその場でぐるぐる回り、ぐるぐるぐるぐるぐる……!
唐突に、足を留めた。
目の先には先にはたった一つの路地。
あの日のように、何の断わりもなしに目に入りこんできた路地裏を私は駆け出した。
なんとなく行けそうな気がして、その閃きを信じただけよ。

そしてそれはただの勘とも言うわ。



朝日が昇っているのに、ヤケに暗くて不思議がかった路地をすべりだして、出口に飛出した。
水溜りの反射する光が眩しくて一瞬目が眩んだけれど、ええ、たしかにここね。
一軒だけポツリと立っている花屋さん。
掲げた古そうな看板に「フラワーショップ牛尾」と書いてある。



「ふぅ…」



息切れではないの。
緊張で少し音が漏れたんだわ。



「……すいません…?」






赤いペシャンコの水気たっぷりのマットが、私を静かに歓迎した。
昨日の雨がまだ残っているのか、ミュールが押しつぶす度に悲鳴をあげられた。
失礼ね。私が重いみたいじゃないの。
文句の一つでも言ってみようと思ったけれど、相変わらず ( といっても昨日の今日なのだけれど )
花瓶が所狭しと並んでいる店内には、昨日の金髪店員どころか、人っ子一人仔猫一匹の気配のもないの。



「誰かいないの?」



少し声を張り上げてみたけれど、返事の様子がない。
……ちょっと。冗談ならやめて頂戴。ここまで来て帰るなんてお断りだわ!
私は手にもった紅茶のセットを落ちない様にもう一度抱えなおして、店の奥へと踏み出した。
あら。
少し奥に行くと、決して目立たないけれど綺麗な彫り込みが備わっている木のカウンターが
随分こじんまりと存在していたわ。
なにやら白い湯気がカウンターの向こうで揺れている。
カウンターの上に紅茶セットを置き、自らも供えつけの椅子に腰掛ける。
こういう椅子は背もたれが余りないので、困るわ。しかたないのでカウンターに突っ伏したの。
随分と背の高い椅子は私の足を宙ぶらりんにしている。
もう!こんな椅子、なんていったっけあの有名な野球選手……名前は思い出せないけど、すごく背の高い
あのピッチャーだって、地に足がギリギリ届くか届かないかって所よ。
足を前後にぶらつかせながら、横になった視界でカウンター越しに見かけたのは9個の椅子だった。
こちら側には3個あるから、全部で12個ね。
同じ椅子なのだけれど、どれも高さ調節がしてあって私に丁度良さそうな椅子も2.3個あった。
何かあるのかしら?少し興味が沸くわ。
身を乗り出そうとしたけれど、その時奥のドアが軋んで新鮮な空気が入りこんできたの。
小さな話声と、( なにやら別れの挨拶だったみたいだけれど ) そしてドアが閉まる音。
                                                                     



「………っ!」

「遅いわ」

金髪店員は、手に握ってた1本の花を落しそうになって、ずいぶんと吃驚したように
白いエプロンの肩をずりおとした。
いやね。漫画じゃあるまいし。



「昨日の御礼を言いに来たの」

「…昨日?」

「昨日雨宿りさせて貰って、それに花も頂いてしまったから」

「ああ、」



金髪店員は突然思い出した様に、しみじみとこちらを見やる。
そして、手にもった花を一輪差しに差し込みながら笑った。



「わざわざありがとう。……えっと…」

よ。。」

「…君」



ぶしつけに名前呼び。でも、不快感はなかったわ。



「これ、ほんの気持ちよ。紅茶セット。飲まなかったらごめんなさいね」



そう言って、カウンターを滑らせ手土産を渡したの。
すると金髪店員は紅茶セットを見て顔を明るくさせた。



「三大銘柄の詰め合わせだね。ありがとう。僕は紅茶が好きなんでね」

「…三大銘柄?」

「インドのダージリン。スリランカのウヴァ。中国のキーマンの事だよ」




金髪店員はおもむろに箱を開けて、ダージリンの缶を取り出した。
品定めするように底を見てから缶の蓋に手をかける。



「そこに座っていてくれるかな。今、丁度紅茶を入れていた途中だったんだ」



返事をする前に牛尾は側に置いてあった、真白い陶磁器のティーポットからお湯をあけたわ。
先にティーポットにお湯を入れて暖めいたらしい。
それから、奥の棚から繊細で可愛らしい桜の花弁の模様がはいったティーカップを取りだした。



あまりにテキパキと切り盛りする金髪店員を見やりながら、ふとした疑問を口に出した。



「ねぇ、貴方いつからバイトしているの?それに、店長は一体何をしているのかしら。
随分と貴方にまかせっぱなしの様だけれど」

とたんに、金髪店員の肩が激しく上下した。
…何よ失礼ね。笑わないで頂戴。
店員は白エプロンで少し濡れた手を拭きながら、まだ笑い


「…失礼。てっきり君は知っているのだと思って。…僕が店長の牛尾御門だよ。」


なんて事!?
こんな金髪の、歳だって私と同じくらいいいえ、それ以下だって思っていたのに!
言葉につまった私に牛尾は、眉根を寄せて苦笑いをしたの。


「はは、そんなに若く見られていたのかい?僕がよく紅茶を飲んでいる所為かな」

「…?それとこれとはなんの関係があるの?」



話が全然わからないわ。
私は小首をかしげる。



「お茶のそもそもの始まりは、有史以前から中国で不老長寿の霊薬として
飲まれていたものなんだよ」

「不老長寿!」


驚く私をよそに、さっきカウンター越しに湯気を立てていた鍋の火を切り、それをティーポッドに注ぐ。
それから、小さいながらに細工が刻まれている金色のスプーンで、茶葉をすくって2杯いれる。
と思ったら、今度は泡が収まりきらないような、沸き立てのお湯をティーポットに注いだ。
蓋をしたと思うと、座りながら右手で、眼の前に有った砂時計をひっくり返した。
銀の天使が掲げた砂時計の中を黒砂が滑り降りて行く。そして時折り、金の粒が一緒に堕ちるの。
所々剥げているけれど、これはメッキが剥がれたのではないのがわかった。
アンティークね。



「…不老長寿、になったら何をしたい?」



矢先に先程の話題に盛りかえす。



「さぁ…考えた事ないわ。金持ちになりたいとも思わないし…偉くなりたい訳でもないし。」

「へぇ、なかなか良い事を言うね」

「そういう牛尾はなんなのよ。まさかこの花屋を永遠に続ける、なんて言うの?」



キー――ン。
計ったように、涼しげな音が鳴り響いて牛尾の答えを飲み込む。



「な・何!?」

「天使の鐘の音」



驚いている私を眼を細めてながら見た牛尾は、少し笑っていた。
そして天使の砂が落ち終わっているのを確認すると、またまた暖めていたカップのお湯を捨て
蒸らした紅茶を茶こしを使って2杯に注ぎわける。
愛らしい桜の模様が湯気に当っていっそう色見を増したようだわ。
牛尾は紅茶の両カップの色が均一になるように、とても神経質に何度も何度も、それこそ最後の一適にまで
細心の注意を払って注ぎわけた。
そして、私に最後の一適を振り分けたティーカップを渡してくれた。


「この最後の一適はゴールデンドロップと言われていて、一番おいしいとされてるんだ」



あら。礼儀正しいのね。
ありがとう、と私は遠慮なく紅茶頂いたわ。細い取っ手を緩やかに握って、私は一口喉を通らせた。



「…おいしいわ」

もちろん、紅茶の味の善し悪しなんてわかるわけないわ。当然よ。
ただ御世辞ではなくて本当においしかったから言っただけよ。



「そう、それはよかった」



牛尾もそれを聞いて至極嬉しそうに笑った。
…調子に乗らないで頂戴。私の持ってきた紅茶なのよ。たしかに、入れ方は貴方のがよかったの
かもしれないけれど。



静かな時間が流れる。
会話のいらない空間はとても静かな気持ちになれたの。
紅茶を一口、また一口、と飲み下す。牛尾も静かに私の向かいで紅茶を吟味しているわ。
ゆったりとしてまどろんだ気持ちでカウンターと上に目を滑らすと、そういえば牛尾が出会い頭に
手にもっていた花を見つけた。
それを指さす。



「その花、知ってるわ…名前はよく覚えてないけど、見た事あるもの。」

「ああ、コレ?コレはリンドウだよ。」



一輪差しからすっと抜きとって、凛としたその花を手渡される。



「花言葉は悲しむ君が好き=v



悲しむ君が好き
悲劇的な所がなかなかロマンチックね。
コロコロと手の上で転がして、花の中を覗いたり、匂いを感じてみたりする。
その様子はいい大人とは良い固かったかしら?
でも眼を瞑るとその花が私のためのもののような気がして、とても気にいったの。


「気にいった?」

「さぁ……どうかしら?」



にこやかに笑いかえして。
手元の時計を見やると、あら、もうこんな時間?行かなきゃ。



「じゃあ、そろそろおいとまするわ」

「帰るのかい?」

「ええ、大学に間に合わなくなってしまうもの」



本当は1時限目はもう間に合わないのだけれどね。
手元にあったリンドウを花瓶に戻そうとすると、また、先日のように花をそっと花を押し戻されたわ。



「それ、ちょうど、1本しかないから君にあげるよ」

「そう?ありがとう」



バックとそして一輪のリンドウをもった私を、牛尾は店の入口まで見送りに来てくれた。
嗚呼、首すじが熱いわ。
…熱いのが私の勘違いでないように祈りたい。
背筋もピンと伸ばして、最高の後姿を演出して、私はをゆっくりと踵を踏み出させる。
路地裏に入って牛尾が私を見れなくなったのを知っていても、それでも私は姿勢をくずさなかったわ。

やがて、活気づいた表通りに着いて、それでやっと肩の力が抜けた。
少し強く握りしめたので茎も手も汗ばんでしまったの。ごめんなさいね、リンドウ。
そっと、でも決して離さないように、私はもう一度花を握りしめて駅へと歩き出したわ。
また渇いてしまった喉に飽きれつつも、牛尾の紅茶の味を口にまた通したい、と想ったわ。











ねぇ、牛尾。




不老長寿になったら、この花屋で毎日花を貰うのも悪く無いわ。



































「牛尾キャプテン」



店の入口で、虎柄のバンダナが舞う。



「いいんですKa?あの花、特別に頼まれたから俺が持ってきたんですけDo」

「……いいんだ。あの花は、彼女にまた逢えますように≠チて、願懸けのようなものだったから」

「それで、何故リンドウなんでSu?」

「彼女の誕生花なんだ」



はは、と牛尾は笑う。女々しかったかな。そんな、渇いたような笑い。



「そういう事でしたKa。だから公務員の俺に、突然電話してきたんですNe。」
たいへんでしたYo、顔や身長の特徴だけ並べられて、その中から探すなんTe!



キャプテンは何事にも熱いですNe、と笑うかつての後輩を視界の隅にとどめながら、
もう、何も見えない路地を見つめて、牛尾は続けた。

























「不老長寿になれたら

不老長寿になれたなら。

君がこの花屋の事を忘れない限り、僕はこの花屋を続けていくつもりなんだ」























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二万企画で書いたドリです。
応募してくださった皆様、本当にありがとうございますvv
企画に応募してくださった方には、誕生花をこちらで調べさせて頂き、花と花言葉を↑に挿入して
贈らせていただきました♪……とてつもなく死にました。(真面目に。)大変だったです・・。
それで今回は、とてもじゃないけどジャバで365日の誕生日を打てといわれても無理なので…
すみません、私の誕生花にさせていただきました::
あと、虎鉄は刑事です。刑事なのです!似合うよね、刑事な虎鉄…v
トレンチコート着て、片手にアンパン片手に牛乳!!これぞ張りこみスタイル…!