青カプセル。









腹が痛い………。


あたた、い、痛い………


しかしここは我慢だ


こんな授業の真っ最中に教室から出ていく勇気はまったくねェ…!!


数学の時間はまだまだ始まったばかりだ。

ほ、ほら、問題を解くぞォ……気を精一杯紛らわすぞォ……えーーーリンゴが、三つ…病気の母さんに買っていったのね……

三つ…みっちゅ…僕みっちゅ……コ、コーラックは1回三粒…………………………………腹が痛てぇ…………!!!



「先生」



あぁああぁぁあ…
私が苦しむ中、綺麗な金髪の人が真っ直ぐ手を挙げた。
あ、ああ牛尾君か…質問までして、なんて勉強熱心なんだあの人。
……………あうちっ!
もう、死ぬというか地獄の苦しみの…い…き………………バタリ。(机につっぷす)



「ちょっと気分が優れないので、保健室に行ってもよろしいでしょうか?」



そう言っては顔を少し歪める。
牛尾君も腹痛かね…?
それにしても勇気があるなぁ…私は少しでも、このクラス全体の好機の視線が注がれるのが怖い………
たとえそれが、一瞬の想像の対象になるだけだとしても…!!!(いやあぁああぁ…)



「わかった。行っていいぞ」



先生ぇ…私の苦しみにも気づいて…!
私の緊急事態に友達でさえ気づかないのに、この一日1時間の付き合いの教師に伝わっているはずもなく。
牛尾君は無機質にガタンと椅子を揺らして席を立ち、教室の後側を通ってドアを出て行く。(と、思った。なにしろ
後ろを振り返ったりできるとか、そういう状態ではないもので)



「わぁあ!?」



だから急に腕を掴まれて、上にひっぱり上げられ、床に立たされた時は心底吃驚した。
ガタガタとすごい音が教室に響き、クラスの目が一斉にこちらに注目を注いでいる。先生もその例外ではない。
しかし、牛尾君は相変わらず少し顔を歪ませたまま、辛そうに言葉を吐く。



「あ、ああすみません…。ちょっとふらついて、思わず君の手に捉まってしまったんです。
 …あの、このまま彼女に保健室について来てもらってもいいでしょうか……?」



なんか今にも眩暈で倒れそうな牛尾君…!た、大変…そう…。
野球部のキャプテンだし、体調が良くないなんてそれはいけないよね。いけないに決まっている。
わ、私も是非、自分のためにも付いていかなくては…!



「それはかまわないが……男子をを連れて行った方がいいんじゃないのか?」
「いえ、もう手を離したら……耐えられないので……っ」



失礼します、と牛尾君はすごい勢いで私をひっぱりだし、教室のドアを勢い良く閉めた。
ビシャン とものすごい音で世界を隔絶する。
曇りのせいでほの暗い廊下の中、牛尾君は私に捉まる力を抜いた。
大丈夫?と声を掛けようとしたけ…ど。
…つっ。
さっきは吃驚してたから忘れてたけど、私もまたお腹痛くなってきた……
これじゃ、牛尾君支えて保健室まで行け ないよ……ぉ。
すぐに激痛の波が襲ってきて、私は思わずその場にしゃがみこもうとした、けど。





しゃがむ事はできなかった。


牛尾君はまたも、いきなり私を引っ掴んで、それで、軽々と私を、抱き上げた。



「……う」
「辛いのなら、僕の首に手を回してくれてかまわないよ」



言葉を遮って耳元で囁く牛尾君の声は、ひどく甘美な囁きだった。
私は有無を言わず抱きつく。
顔を埋めると、牛尾君のガクランからグラウンドの染み込んだ匂いが香った。

しっかり捉まったのを確認すると、彼は保健室への階段を降りはじめた。
私はただ、お腹の痛みを紛らわせるためにずっと牛尾君の暖かい体温を感じるようにくっつき、
上下する震動と共に呼吸する音を、時に声を掛けてくれる事に神経を集中して、
手に力を込めてひたすら抱きついていた。









...............................










柔らかいシーツにそっと降ろされる時、恥ずかしい事に、私はいつまでも牛尾君に回した手を離さなかった。
少し困ったように笑われながらやんわりと手を解かれて、大丈夫、ちょっと待ってて。と囁かれて。

それでやっと自分の行動を認知し、気恥ずかしくなって慌ててシーツで顔を覆った。




薬品棚をいじる音が聞こえてる。



先生、いないんだ?
まぁ、なんて怠慢な保健室なんだろ…。
そっと顔をシーツから出して息をを吸うと、少ししんみりする独特の雰囲気の空気は、ぼへらとする頭の中を一掃してくれた。

牛尾君って、もしかしなくても私の事助けてくれたわけ?
わざわざ演技とかして教室から出してくれてさ。
でも、…それってなんか、なんか………ね。
え、だって普通いくら優しいからって、こんなことただのクラスメートにす・す・する!?
あわわわ、い・いやだどうしよう!?
こんな事考えて違ってたら恥ずかしい以前に、自意識過剰のオオバカ女もいいところだけど!!
でも、他に理由が見つからなーーーーい!!!!
わぁ、ど・どうなんです、牛尾君!?





「なんか…目が白黒してるけど、大丈夫かい?」
「わーっ!」



不思議そうに片手でカーテンを開けて立っていた牛尾君は、水の入ったコップと小さな青カプセルの薬を
ベッドに備えつけの棚に置いた。
それから近くにあった椅子を引きずってくると、私の顔を除き込みながら腰掛ける。
か、顔が近い。



「と、とりあえず、ありがとね」
「どういたしまして。君が気分悪そうなの、こっちも見てて辛かったから」
「あ、そ・そうだった?」



って、牛尾君私より席前なのに、なんでわかったの?
普通に授業聞いてたら全然見えないよ、私の顔なんか。
あ、や、やだ。また考えちゃった。
牛尾君ってばなんかあれだよね、ちょ・ちょっとばかし思わせぶりな態度、じゃない?

私はまともに顔を見れなくなって、思わず顔を反らした。
そしたら牛尾君は どうしたんだい?って心配そうに、さらに顔を近付け、そっと私の肩に手を掛けた。
うわあぁあああああ////!!!!!!!!う・うわあああぁぁああああ/////!!!!!!



「く、薬!」
「ん?」
「薬飲ませてもらおうかなっ」



そうしたら牛尾君の手は肩を離れてコップを取ってくれた。
し、心臓に悪いよ。
っていうかすっごく早鐘をうって、マジで、腹の痛さじゃなくて



「…?あ、あの牛尾君、なんでコップの水飲んで…?」
「今君が”飲ませて貰おうか”って言ったから、飲ませてあげようと思って」
「そっ、そういう意味じゃないってーー!!」




死にそう。


「あっはっは、もちろん冗談だよ」



はい。
と、コップの水を揺らして、青いカプセルの薬と一緒に渡してくれる。
それを受けとり、まずは一口だけ口に含んで渇いた口を湿らす。



「…あの、牛尾君」
「どうかした?」



すごく自然に聞き返されちょっとだけ迷って、右手でコップをゆらゆらと揺らしながら、青い薬をもう片方の手で
差出しながら普段より小さめの声で私は呟いた。



「腹痛の薬じゃなくて、アレ用の薬……取ってきてもらえる……?」



なんか別に大した事じゃないんだけど妙に照れる。
牛尾君はすぐに察してくれたみたいで、(助かる!) それ、両方に効くから大丈夫。と
手を包んで押し返してくれた。
今知ったけど、牛尾君の手っておっきんだなぁ。
残りの水で薬を飲みこむと牛尾君がコップを片付けてくれて、上からシーツを掛け、ぽんぽん、と頭を撫でてくれた。



「………なんか、それって子供にする仕種じゃない?」



むーっとして言うと、牛尾君は笑って言った。



「ごめんごめん、君ってどうもウチの妹に似ていてね。つい世話を焼きたがっちゃうんだ」
「へぇー、牛尾君って妹いたんだ」
「まあね。それでこの間、妹がものすごい声で騒ぎ出したから、何事かと思って病院に連れて行ったんだ。
 結局はただの腹痛だったんだけど、その時の騒ぎっぷりが酷くて酷くて。
 腹痛はこんなにも痛いものだっけな、と思ってね。
 それで君が辛そうにしてたのを見て、つい、こんな事をしてしまったのだけれど」


迷惑だったかな?


首を傾けて謝罪を請うような彼の態度は、私を教室をから連れ出した態度とはまったく対蹠していて、
訳もなくそのギャップに笑いがこみ上げてしまった。
一人笑いを続ける私。
訳も解らずどうしたのか迷ってとまどって 不思議そうに私を見つめる。
なんか牛尾君って、とってもいい人みたい。



「ごめんごめん、なんでもないよ」
「?…そ、そうなのかい?」
「そうなのです〜!」



私はなんだか、この優しいクラスメートが好きになりそうだった。


それから薬の効果が出始めたのか、腹痛の痛みも収縮してきて、なんだかすごく気分が良くなってきた。
落ちついた痛みは眠気を香らせる。
私はひとつ欠伸をしてから、牛尾君に向き直った。



「ごめん、なんか眠くなってきた」
「薬の副作用かな?」



眠くなる副作用なんてあるの?生理痛の薬って。
牛尾君を見上げると、さっきの薬を摘みながら言った。



「これ媚薬だから」

「男子っていつもそう…そんな事ばっかいって…」

「はは、否定はできないな」

「ごめん、もうだめだわ…オヤスミ…」

「お休み…………君」
まいったなぁ。




















「それ、ホンモノだったんだけど、どうしようか?」



しかも君が病気だったなんて全然知らなかったよ。まったくの偶然。
いやぁ、神様っているんだねぇ。

そう言って牛尾は首に掛けてある十字を軽くこねまわした。













私は牛尾君の暖かい手が私の頭を優しく撫でているのを、夢のなかでもわかったような気がした。







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ぶっちゃけこの素材が使いたくて書いたので、(言うな)
ありがちネタであんまストーリーとかないんですが。