猿野と二人で大泣きして結果的に5時間目をサボってしまった。
   先生には沢松がなんか適当に言っておいてくれたみたい。感謝!
   でもあの後、猿野を探しに子津君が来たって言ってたからなぁ。
   そのついでに私に今日の取材はHRが終ったらすぐに出きるようになったから、って伝言もくれた。
   保健室で手を怪我してたって言ってたっけ。
   あとで沢松に聞いたら、たいした事はないけど大事をとって一日休むんだそうだ。(よかった)


   放課後の取材を沢松が何度も代わってやるって言ってくれたし、猿野も部活遅刻してもいいから
   一緒に取材してやるって意気込んでくれたけど、私は逆に叱ってやった。
   だってコレは私の仕事だし、部活をサボってまで私に付き合うなんて言語同断!
   それに今日の事は子津君は知らない訳だし。
   逆に猿野なんかいたらめっちゃ怪しいよね。

















   ああ、でも。
   子津君の好きな娘って誰なんだろう。















   HRも終りクラスの皆も部活に散ってグラウンドにも威勢のいい声が立ちはじめ、
   私が1つ大きくあくびをすると、彼はやってきた。


   「おそくなってすみませんっス。…待ちました?」
   「ううん全然大丈夫だよ」


   なんてデートの待ち合わせじみた台詞。今は喜ぶ事もできないよ。
   彼は私の前の椅子を引いて腰を降ろす。
   机に肘をついている私に対して、椅子に深くよりかかっていることが、距離感をかもしだす。
   好きな子と、友達の。


   「・・えと、じゃあ初めようか」


   カセットレコーダーをオンに入れて、レポート用紙の昨日一生懸命考えた質問のページをさぐる。
   紙の捲れる音は外の声援と混じって二人だけの教室に響き、すこし緊張した。
   だめだ。もっといつもみたいに、猿野達といる時みたいにふざけよう。


   「じゃぁ、質問その1!
   十二支の時期主将と噂される子津投手は何時から野球を初めたんですか〜?」
   「しゅ、主将!?そんな、僕はまだただの…」
   「いーからいーから!時期キャプテ〜ンになった時の練習なんだからこれは!」
   「…はは、猿野君が聞いたら怒られますね」


   ちょっと肩を上げて苦笑した子津君はそれでも、小学生からやっていたっスよ、と答えてくれた。
   子津君の新しい顔みっけ。
   そりゃ、両思いの方が断然いいけどさ、こういう事も結構幸せなんだと思う。
   なんにも出来なくてただ見ているだけよりずっとずーーーーっと、いい。
   これで私は満足だよ。
   面と向って告白したら、照れ屋の彼は絶対こういう風には戻れなかったから。



   「ほうほう。では第2の質問いってみましょう〜!
   ドラフト1位の子津君は…」








............................................







   大半の質問が終って、レポート用紙にはもうめぼしい事は書いてなかった。
   それでも私は子津君と少しでも長く居たくて、適当に質問をでっちあげてはふざけ、
   そうして話を続けていた。
   でも、もうすぐ部活の終りのチャイムが鳴る。
   そしたらここに荷物を取りに誰かが帰ってくるし沢松が様子を覗きにくるかもしれない。
   終りだ。
   きっと、私は2度とこうして2人で居られなくなるんだ。
   だってこんなところ子津君の好きな子に見られたら誤解されんじゃん。
   そんな事したくない。
   だから、2人でいられる時だけにできる質問、していいかな。
   きっと今なら、ふざけて聞ける気がする。
   答えてくれるとは思えないけど。



   「じゃあ、最後の質問ね」


   ゴホン。
   とわざとらしい咳で気気持ちを整えて、覚悟を決めて。
   マイクを持ってるフリをした右手を子津君の差しだしながら






   「エース子津君は、甲子園に連れていきたいオンナノコはいるんでしょうか〜?」






   あくまで、笑顔の私と、予想通り急に口をつぐんだ子津君はちょっとの間見つめあって、
   それから緩やかに眉根を寄せて、え? と言う一連のスローモーションを私は見つめる。


   「わかってるクセに〜!」
   「…………」
   「ほれほれ!吐いてみぃ〜!猿野には黙っててあげるからさ」


   差し出した手がちょっと揺れた。
   緊張する。


   「手が痺れるよ〜はやく〜」
   「…………」


   教室の片隅でスピーカーの電源が入った音がする。


   「協力したげ

             キーンコーンカーンコーン






   「…なっちゃった。」


   もう終わりだ。
   やっぱ教えてくんなかったけど、でも、応援はしてるから。


   「もう、皆帰ってくるし終わりにしよっか」


   荷物をまとめようと、差し出した手を引っ込めようとして




   「………協力、してくれるんスね?」


   掴まれた手首は痛いようで、痛くなかった。
   軽く私の手首を一周りできる子津君の手はしっとり汗ばんでいて、俯向き加減の表情もきっと
   難しい顔をしているに違いない。


   「う、うん。あの、…私が出来る事だったら」


   とても緊張しているみたいで、俯いたまま喋らず、ただ相変わらず私の手首を握る力は変わらない。
   私も何も言わず黙っていた。
   この教室で唯一、秒針だけがとても長いと思える間音を鳴らし動いている。
   差しこむ夕暮れの光が構築する影も遠慮するぐらい、何物も動かない。
   のに。
   軽やかな足音と集団特有のざわめきがそれを壊した。
   荷物を取りに階段を昇って来た集団がだんだんとクラスに近づいて来るのが聞こえ、
   反射的に私は手を引っ込めようとした。
   でも、それを決して子津君は許してくはれなかった。
   固く掴まれた手首はさらに引きよせられ、私は机に前のめりになる。
   集団のざわめきは、いつのまにか遠くなっていた。
   それでも尚、私は手を引っ込めようと奮闘する。
   だって、子津君は、引き寄せた私の手を、その柔らかな唇に押しつけている。
   熱いと息が指を滑る。
   くすぐったくて、それでいて鳥肌がたって。
   背筋がゾクゾクした。















   「………好きです」



   吃驚して抵抗していた手の力が抜ける。
   それを確認したようで、子津君は力を緩めて、それから真っ直ぐこちらを向いた。
   視線がかち逢う。
   まるで野球しているときみたいな真剣な顔。



   「僕は、さんを、甲子園に連れていきたい」



   ゆっくり発音された言葉は、それなりのスピードで顔に届いて、私は緩慢に紅潮する。
   そのうち目が合わす事に耐えられなくなって、今度は私が床を見る事になった。
   だって、子津君、私の事好きじゃないって保健室で言ってた。
   言ってたよ。
   黙っている私に痺れを切らしたのか、今度は子津君がさっきのマイクを握るフリをして私に差しだした。



   「さんは、猿野君に連れて行って欲しいんスか?」



   勢い良く顔をあげた私に笑いかけた笑顔は、むずがゆそうだった。



   「さん、いつも猿野君の心配してるし、報道部で取材に来ても猿野君の事見てるし。
   でも、僕はそれでもよかったんです。たまに来て喋ってそれで、僕は幸せだったんです。
   猿野君、凪さん凪さん言ってるようで結構さんの事話すんですよ。
   すっごく嬉そうに今日アイツとのテストに勝っただとか、宿題押しつけてやった、とか。
   だから、さんなら鳥居さんに勝てるんじゃないかって思ってたんスよ。
   けど」

   そこで一息ついて手を机の上に降ろした。
   私は否定することもすっぱぬけて話を聞いていた。


   「…今日、保健室で休んでいたんスよ。そしたら猿野君がやってきて突然、
   好きな奴を教えろ〜!って迫ってきて。それで、最後に…さんの名前挙げて。その、………」
   「…お似合いだって、言ったんでしょ」
   「!何故それを!?」
   「居たんだ。隣りのベッドに」



   そうしたら、なんか疲れた感じではは、と笑われた。


   「僕、なんだか許せなくって。猿野君はさんが好きな事全然知らなくって、それで僕にこんな事言うなんて。
   だから、もっと大切な事に気づいた方がいいっスって言って・・、
   ……って、何こんな事話してるんっスかね…、はは、訳わからないですよね・・」



   鼻に手を当てて、すすって。私はそんな子津君の手をとって、口元にもっていった。



   「私、は子津忠之介に、甲子園に連れて行って欲しいと思います。

   ……っていうか、子津君、想像力たくましすぎ。
   猿野心配してたのは、子津君の邪魔にならないかって思ってただけだし、練習中は猿野の隣りに居た
   子津君を見てたんだから」
   「……ほ、本当っスか?」
   「本当っスよ」






   それからどちらとなく吹き出して、私たちは手を取り合ってしばらく笑いました。
















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