ああっ。
   …駄目だ。

   なんだかまた急に前髪が気になって、胸ポケから鏡を取り出す。
   1本、2本横によけてまたしまう。
   すると今度はソックタッチがとれかかってる気がして、カバンからピンクの蓋のソックタッチを取り出してはしまう。
   ……まだ昼休みだというに、緊張する。
   昨日の約束を取り次げてからずーーーっと何かをしていないと気がすまない。
   何か別の事をしていないと落ちつかない。
   …ああ。
   今、リボンがとてつもなく曲がっている。(気がする!)


   「Ah〜助けて〜リボンが決まらない〜♪」

   「♪アイツ〜の〜夢みたせい〜よぉ〜♪」

   「…」


   一昔前の歌を歌って沢松と猿野登場。


   「おーお−なんだか今日はそわそわしてるねぇ、ちゃん?」


   沢松が前の席に座って顔を覗きこむ。
   ああっ!今アンタの鼻息で、確実に前髪が動いた!!気になる!!!
   私はささっと2.3度撫でつけるとなんでもないふうを装う。


   「別になんでもないわよ」

   「どーせ愛しの子津君にでも朝会ったんだろ〜?解りやすい奴だな〜」

   「ちっちがいます!」


   昨日はいろいろ準備したりなんだりで、二人に今日の放課後の事を報告するのを忘れていたのだ。
   今日一緒に帰れないからって言っとかないといけないし。
   でも落ちつかないのをからかわれそうだ。


   「まぁ、それはそうとお前にナイスなプレゼントだ」

   「え?なになに?何かくれんの?」


   誕生日でもないのにどうしたんだろう。
   まぁ、コイツ等の場合誕生日でもロクな物を貰ったためしがないから怪しい。
   なんせ今年はぎゃおっちだった。(またそれが鳥居さん→兎丸君→私だからムカツク)
   沢松が勝手に人の教科書を丸め、口を当てたので私も耳を当てる。

   (子津を保健室に呼んだ)

   今度は私が教科書に口をあてる。

   (…だから?)

   (俺たちと一緒に来いよ)

   (なんで?)

   (いいから。最高のプレゼントしてやるよ)


   また喋ろうとする私を沢松が手を引っ張って辞めさせる。
   何?
   よくわからんけど、子津君と喋れるならついていこう。
   席を立って友達に声を掛けて、沢松の後に続いて教室をでる。
   と、そこで今までずっと喋らないから存在的に忘れていた猿野を思い出した。


   「あ、猿野」

   「あ。ったく…猿野ー!早くこ



   「だっけっどっ気になる〜昨日よりもずっと〜♪」


  『まだ歌ってたんだ!?』







   「よーー子津!手は大丈夫か?」

   ちょっと。
   呼んだんじゃなかったのね。
   行き当たりばったり企画なのね。

   カーテン越しに私は思った。
   保健室の前まで連れてこられると、猿野に隣りのベッドで静かにしてろよ、と言われて私はそれに
   おとなしく従った。
   沢松は保健室の前で番をしている。
   先生が帰って来たら追っ払うつもりらしい。(オイオイ)

   十二支の保健室はけっこう狭い。
   ベッドは3個しかなくて、サボリなんかがいると本気で辛い。
   だから先生のチェックが結構厳しくて私なんか今日はじめて寝たよ。
   白いシーツのノリがパリッと効いてて壊すのがもったいないぐらい。
   しかし、これはめったにないチャンス。逃す訳がない!
   ゆっくりと、音をたてないようにシワを刻んだあと、隣りでの会話をバックに放課後のリハーサルを描く。
   レポートしたら一緒に帰ろうって誘って、それから大回りで土手まで歩こう。なるべくゆっくりね!
   そう、それと、今度からあだ名で呼んでもいい?って聞いてみよう。
   あーなんて呼ばせてもらおう!子津チューとかいいと思う。かわいくて!(男にかわいいって駄目かしら)
   でもきっと子津君ならいいよ、って言ってくれるんだ。優しいから。

   ばさっ
   と、猿野がカーテンを叩いた。
   聞け、って言う事なのかしら。


   「で、だな子津」


   ゴホンと猿野がずいぶん大袈裟に咳をする。
   こいつ絶対演技下手だわ。


   「で、って、今の会話の流れ的にも唐突っすね」

   「うるさい。聞け」

   ギシッと使い古しベッドの軋む音。

   「ズバリ、お前は凪さんが好きか?」

   「はぁ!?」

   (何をいっとんじゃアイツは!?)


   急いでベットから飛び起きたから衣ズレの音がしただろうけど、子津君も驚いたみたいで
   聞こえなかったらしい。
   ってゆーか、アイツ、まさか。


   「オラ早く言え子津チュ−!お前は凪さんが好きか好きでないか!」

   「い、いえ、僕はその、……好きですけど」


  「なにーーーーーーーー!!???」


   ちょちょちょちょちょちょちょいまてーーーーーー!!!!!!!!
   あわてて私はカーテンをめくりそうになった。
   が、それよりいくらか早く、子津君を息の音を止めようとする猿野の攻撃(すごい音がした)を
   かわした子津君の悲鳴じみた声で、勢いずいた手をひっこめた。

   「わーーーっ!!もちろんLikeの好きですってば!そうに決まってるじゃないっすか!」

   「…早く言え。びっくりしたぜ。もーライクかラブで答えろ!紛らわしい」


   びっくりしたのは私の方だよ・・っ。
   まだ激しく上下している心臓に手を当てて何回か瞬きをした。
   安堵の息を無音で漏らす。
   ああ、わかった。
   猿野は聞くつもりなんだ。
   私の事を好きかどうか。
   そうわかると、また、期待が心臓を持ち上げて憤慨が心臓を蹴落とした。
   でしゃばるなと言う気持ちと、今子津君の気持ちを聞きたい気持ち。


   「あー続けるぞ。んじゃ、猫瑚」

   「ライクですけど……あの…」


   …困った声。
   そうだ。やっぱりやめさせよう。
   猿野が次の質問したらカーテンを開けて、今まで寝てたフリして`あんた達うるさい!`って止めに入ろう。
   ね、
   タイミング掴んで出よう。


   「まっまさかお前、清熊みたいな暴力女が好きなのか!?」

   「違いますって!!だいたいなんで野球部限定なんすか!」

   「ほ〜お、じゃあ1年のどのクラスだ?お前のクラス?・・あ、なんかおまえのクラスえらいかわいい子
   いたよな」


   いっ今は、猿野のタイミングが悪かった。
   次いこう、次。


   「内海さんの事でしたら、違います。と、いうか」

   「んーそうじゃないとすると、ウチのクラスか?」


   ほら、出なさい!
   さりげにカーテンを横に開ければいいんだって!


   「…お、案外だったりしてな!お前らなにげに仲いいし!お似合いだぜ!そーかそーか、それはよ


  「いいかげんにしてくださいっ


   カーテンを半分握ったままで、私はいい加減に止まった。


   「…僕は別にさんを好きではないっすよ。と、いうか猿野君は一体何なんですか?
   そんな事関係ないじゃないっすか…そんな事よりもっと大事な事あるでしょう…」




   一気に静まった体は、のらくらと動いた。
   カーテンから手があっさりとれて、だらりと舞った。
   私はそのまま向きを変えて外にでるカーテンをめくりもせずに付きぬける。
   心臓に代わって上下する肩は、ドアを開ける前に声を抑えられなくなって走った。
   少し乱暴に開けたドアは音がたってしまったかもしれない。許せ。

   保健室を飛出す前に猿野がなんか大声でいったかもしれない。
   でも、無視した。


   途中で保険の先生ともみあっている沢松とすれ違った。
   引きとめてくれていたんだろう。
   邪魔が入らないように。
   ああ、ごめんね、ありがとう。
   もう必要ないよ。


   私を掴みそこなった手はずっとそのままだった。








   期待してた。
   「そうっす」
   って言う子津君の言葉を。
   はにかんで、いつもの照れた笑いで言ってくれるのを。
   そう。そうだよ。
   レポートの誘いなんて、どうってことないんだって。
   子津君は誰のお願いでも心よく引きうけちゃうんだって。
   優しい人だって、さっき自分で言ってたよ。
   バカ。バカ。
   子津君ずっと見てたくせに、知ってたくせに、肝心なこと分かってないじゃん。
   自分だけが優しくしてもらってるなんて、そんなこと、違うのぐらいわかるでしょ。
   私の事好きじゃないって、気ずけよ!
  







   「気ずけよー…」

   屋上はこの季節のしては肌寒くて、思い上がってた自分を冷やすにはちょうどよかった。
   緑のフェンスをおもいっきり顔に押しつける。
   絡ませた指もじんじんしてきたけど、ほっといた。


   「子津君…」


   青い晴天に白い雲が風に流されて細長くたなびく。
   ああ、子津君のヘアバンじゃん、空って。
   今更気ずいても遅いって…今はぜんぜん嬉しくないっつーの…


   「……っ」


   屋上の扉は立て付けが悪いからか古いからか、やたらと音が煩い。
   バタンと閉まる音がやけに響いた。
   それから、踵を踏み潰した上履きの独特の音が、次に近くでそれがちょっとためらった足音が聞こえた。


   「その……わりぃ……」

   「なんでアンタか謝るのさ…振られたのはアンタの所為じゃないよ……・…」

   「あのっ、俺ら、な、…子津は絶対お前の事好きだと思ってたんだ、だから」

   子津。
   その言葉だけでいよいよ泣きそうになった。

   「いいよ…。アンタ達の好意だって 事は  しっ…てる    っ」

   嗚咽がこみ上げてきた私は、更に指先に力をこめて、顔をフェンスに押しつける。
   泣きたくないよ。
   猿野に見られたくない。
   恥ずかしいよ。
   そうわかってたのか、伝わったのかは知らないけど、猿野は戸惑ったように、でも優しくフェンスにキツク
   絡みついたその指を解いて。
   それでもまだ押しつけた顔を肩を引き寄せてひっぺがして。

   「…お前の顔、焼き魚みたいだ。網目ついてるぜ」

   そう言って、精一杯のなさけない笑顔でぐいぐい顔についた線を拭ってくれた。
   猿野の指が振れる度、どんどん拭う力が強くなってきて、私は猿野を見上げる。


   「なんで、…  アンタの方が  先に泣く・・のさ」

   「…っ、・…    悔し…い、だろ…お前、あんなに好き   なのにさ…っ
   俺っ俺  お前の事ず  っと見てたから、どんなに子津のこと  好きかって知ってるか   ら・・  」


   見事に泣く猿野は、私の涙腺も壊してくれたほどすごい泣きっぷりだった。
   猿野。
   アンタっていいやつだよ。
   私、アンタが友達でよかった。
   鳥居さんと幸せになれるように今度は私が協力するから。
   だから今は一番初めに胸に抱く女は凪さんだ! って言ってた胸、借りて泣くのを許して。




















   見上げる私を、猿野は空を見ないように胸を押しつけてくれた。


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