フェラガモのピンヒール、エルメスの新作バック、ディオールのお洋服、ヴィトンのバレッタ、プラダのサイフ、安かったけど、お気にいりのアナスイのタイツ。










そのすべてが、人生を誤まらせたの。














「んもうっ」


泣き出した空を責めたのでなく、使えない衛星ヒマワリを責めたのでもなく、ただその両方を憎んで呪いを吐いたの。
ちょっと。
雨ぐらい予想して見せなさいな。もしくは今すぐ雨を止ませて頂戴!
コンクリ―トに雨が跳ね返されて、私の足に染みが広がる。ああ、何て事!
せっかくの大学の休講を買物に費やそうと思っていたのに。
私がいくら社長怜嬢だからって、(しがない中小企業ですけどね!)さすがにいつもこんな物ばかりつけて回ってる
訳じゃないの。
ああ、ぐだくだ言っているウチに雨が一層強くなってきたわ、なんでなの、今日の笑っていいともの、
テレフォンショッキングにモー娘。が出ていたからタモリさんを裏切って消してしまったからなの?
こんな事なら消さなければ良かったわ、今更後悔だわ!

ざあざあと、一向にやむ気配のしない空を一睨みすると、私は勢いよく駆け出していったの。
背後10mには家の門を残してね。
家になんて戻れないわ。
だって、今日はデートだって、言ってきてしまったもの。
そうよね、大学生にもなってこの社長怜嬢に男の一人は二人や三人や四人、いないなんて言える訳ないわ!
恥かしいったらありゃしない。それに親が煩いもの。





アナスイのタイツがギブアップ宣言を出し、エルメスのバックが天然シャワーを浴びてほどよくしなびてきた頃、
駅まで続く小さな商店街にやっと辿り着いたの。
ああ、これでやっっと屋根の下に入れることができるわ。あの豆腐屋さんの屋根の下にでも入れてもらおう
かしら、そうねそうしま

「聞きました奥さん!!!今日隣町のダイエーで卵が一パック69円ですってよ!」



急に、私はブリザガをかけられたように動けなくなった。



「69円ですの69円!破格のお値段ですわね!!」



大声で話すボンバーパーマの主婦。
豆腐屋さんの絶好の雨宿りポジションをキープして、他の夕飯の買出しに来た主婦を捕まえて喋っているの。
あそこへ行ったら、確実に、私も捕まるわ。
捕まって、そして私のこの服より0が4個少ない値段の話に大輪の大咲きを付けるのだわ。




勘弁して頂戴!



私は豆腐の穂他に陳列されている揚げ物の香りを巻きながら、その場をダッシュして逃げ出したわ。







…………今、思った。
空から見たらさぞかし綺麗なんでしょうね。地上に咲く色取りどりに花達は!
赤青黄色、色取り取りのアイアイ傘が私の行く手を阻む。
どこ、見てんのよ!そんなくっついて歩いてんなら道の真ん中歩かないで頂戴!このウスラトンカチ!
隣なんかいつも見つめられるでしょうに!
私は忍者になったように人のざわめく隙間を見つけては滑りこみ、割りこみ、前へ進もうと必死になる。
そのおかげで傘から滴る水滴が髪やら頭に降り注いだわ。最悪な事に、それも片方からではなくて、両方から。
ああ、バレッタが濡れるでしょう!この…この…!

その時、目にふと路地裏が飛び込んだの。
傘の色鮮やかな場所を避けて、その静かな空間に私は急いで飛びこんだわ。
外と違って閑静な路地はモノクロのテレビのように古めかしくて、初めてなのに懐かしい心地がして、少し落ちついた。
私はさっき来た通りに見限りをつけ、建物の影になったようで幾分は遮断されたといえど、到底強い雨をよけるように、
反対に向ってずっと進んでいくと、急に狭い路地が嘘のように開けた場所に出たの。


そこには商店街の端っこの様で、小さい店が一つ、ポツンと建っていた。
ええ、そうですとも。ピンヒールで走るのはいい加減つかれたの。
もう何があろうと休むわ、休ませて頂くわ。
濡れたコンクリに足を獲られぬよう注意して、しかしできるだけ素早く、「フラワーショップ牛尾」と
こじんまりした看板を掲げたお店の軒下に飛び込んだの。



「………」


とりあえず、雨よけ場所は、確保できた訳だけど。
踏み鳴らされてペシャンコになっている赤いマットに、余り新しくはないようだけれど使えないでもない
保温ケース、おんぼろの時計、そして足の踏み場がほとんどないぐらいの瓶に差してある花・花・花。
奥が暗くてよく見えないけれど、でもそんなには広そうではないわ。
自営業の売れない花屋かしら。特に経営者の知り合いでも何でもないけれど、可哀相、なんて思ってしまう
のだけれど。
まったく人の気配がしないので、私が大きく溜息をついて洋服についた水滴を2度・3度払い落とすと、
大粒の染みが役目をなしていないような絨毯に容赦なく降り注ぐ。
それに順ずるように、私も気分が一気に急下降。
嗚呼。ついていないわ、私も、この行く末近そうな花屋も。
暇なのでヒールのつま先で一番近くにあった変な黄色い花が入った花瓶をぐりぐりと弄る。
倒れそうになったり・持ちなおしたり・倒れそうになったり・持ちなおしたり・グラグラ揺れる。


「……グラグラグラグラー…………………グリとグラ・…」


懐かしいわね。幼少の頃読んだわ。
そしてさらに弄る花瓶は倒れそうになったり・持ちなおしたり・倒れそうになったり・持ちなおしたり・倒れそうになったり・持ちなおしたり・倒れそうになったり・もちな


「いらっしゃいませ」



「まぁ、この花綺麗ね!」


思いっきりその場にしゃがみ込んだの。
私は咄嗟に、まるでつい今来ましたの、アラお花ね、ダイスキ! と言うフリをしたの。
……してしまったわ。
さして興味もない物を、それも店員が背後に佇さんでいるという高圧力の中で、私は次々と花を見ていったの。
時にはいかにも興味があるフリで、手に取ってしまったりして。(いやだわいやだわ!)
まるで興味のないショップで、店員に付きまとわれるくらいに汗を掻くわ…見ないで頂戴。
カチカチと時計の音が響く。たぶん、5分もたっていないんだわ。でも永遠をこの店で過ごした気がするの。
だってこの洋服は、さっきから視線だけなら渇くほど浴びたけど、全然渇いてないもの。


「君」


背中越しに伝わる声は身体の緊張を高めた。もう、花屋の花を見尽くしそうだったからその事で
何か言われるのか心配で心配で、ちょっと不安だったわ。
文句でも言われるのかしら。ああ、でもこの雨が止むまでは居座りたいの、居座りたいのよ何も買わないで。
でも呼ばれたからには、振り向かないわけのはいかないのよね。


「……花よりタオルの方が欲しそうだね」


振り仰いだ先の不信な程の真金髪の店員は、淡い水色のタオルを私に差し出していてくれたの。
…立てるわね、私。
顔にひっつく髪の先端をひっぺがして、乱暴に脇にそらす。
不機嫌そうに見える様、口に力を込めたわ。
そしてピンヒールに力をそそぎ立つ。







何かバカにされたような気がするの。



「いいえ、けっこうよ。これが水も滴るいい女ってヤツなの。素敵でしょう!
教科書に載っていても不思議ではないわ、私の挿絵付きで。」



何か文句があって?

金髪店員の背は私より全然高くて見くだしたりできないけれど、そのかわり下から突き上げてやったわ。
勝手に雨やどりだけの、うす汚いケチな客だと思わないで頂戴。
つけくわえて眉も吊り上げると、困ったように、でも確実に嫌味ではない顔で金髪の店員は静かに笑った。
………ちょ、ちょっと、了解もなしに人の顔をぬぐわないで頂戴…!
タオルの細かい毛に誘われて、水気は私の肌と髪から退散していったの。
暖かくて、気持ちよかったわ。
それに乗じて薄眼を開けて、自然な程度に店員を盗み見たわ。
白いエプロン。胸にフラワーショップ牛尾≠ニダサめなフォントで刺繍がしてある。金髪でツンツン立てて
ある髪。首にかけた十字架のネックレス。足元は白いコンバース、ただし土で汚れているけれど。


「観察は終わったかな?」

「!…か・勘違いしないで頂戴!私は、私は…あなたじゃなくて、花を観察していたの!」


嗚呼、ミエミエの見栄を張ってしまったわ。
ああ、ほら、この金髪店員も笑っているわ、でも嫌にはならないのだけれど。


「それでは、貴方の御眼鏡に適う花は置いてありましたでしょうか?」


お取り致します、と柔らかくかしこまって言われて困ったわ。
何故かココの花屋は沢山あるクセに、花の名前が一つも明記されていないんですもの。
かといって、薔薇だの百合だの万人が知っている花の名前を挙げるのは私のプライドに関わるわ。
実の処、花は綺麗だとは思うけれど全然興味はないの。愛でるだけで十分なんだから。


「そうね、じゃあ………私にあった花を頂戴」


思いつきで言葉を吐き出したのだけれど、あら、けっこうサマになる事言ってない?私。
その証拠に、金髪店員はちょっと不意打ちを食らったみたいだわ、一瞬固まってからそしてまた動きだしたんですもの。
店員は大事なトロフィーを扱う様に慎重にガラスケースの扉を開き、陳列されている陶器の瓶から
花を1本、取り出した。


「…では、この花を」


手渡されたこの花は、花弁が5枚と…あら、6枚?とにかくそのぐらい付いていて、その花が
1本の茎に咲き乱れるように鈴なりになっている。
クリーム色だけど、先端が薄桃掛かっている花弁は、食べ頃直前の桃を連想させてとても可愛らしい。


「綺麗ね。育てるまでが、大変そうだけど」


小さな花弁をツンツンと突付く。


「陽の光が当たり続けること、そして絶え間ない微風が吹き続けること。それがこの花を育てるために
必要最低限しなくてはならない条件なんだ」


金髪の店員も向側の花弁をツンツンと突付く。


「…それはまた、結構なお仕事だ事。………おいくら?」


何時の間にか水気が退散していたバックに手を差し入れて財布を取り出すと、金髪店員はそれを
押し戻して首を振った。


「貴方にプレゼントするよ」

「…何故?」

「さぁ…強いて言うなら、貴方に似合うから、かな」


そう言って小さく首を傾げる。

私に花が似合うですって?
やめて頂戴。……顔が笑ってしまうじゃないの。
痙攣しそうな頬の筋肉と格闘している間、店員は赤いリボンを掻けてくれた。
リボン結びだけの簡素なものだったけれど、なんだかとても気分がいいの。



「ありがとう。じゃあ、私行くわ」



軒先を振り仰ぐと、ああ、こんなにも時間がたっていたなんて。
太陽が雲の隙間からその存在を隠せなくなっている空を、水溜りが綺麗に映し出している。
頑張れば虹も見えそうだわ。
勢いよく赤いペシャンコのマットを踏みつけて、外に飛出す。
元来た路地裏に入ろうとして………そうだわ。




「この花ーーー!」



久々に大声を出したけれど、何か意味もなく気持ちいいわ。



「何て言うのかしらー?」



まだ店の先で私を見送っていたらしい店員は、何故か手馴れたように声を張り上げて応えてくれた。



「デンドロビュームって言ってね、花言葉は」



金髪の店員の髪が太陽に反射されて眩しい。











「我侭な美人」











私はピンヒールを履いているのにも関わらず、駆け出したの。
デンドロビューム、デンドロビューム。

路地裏を飛び出て、商店街で足を留める。
そして、帰宅時間にはちょっと早めだけれど家に向かって歩き出した。

デンドロビューム、デンドロビューム。
見た目と違って、凛とした名前ね。
ええ、花言葉の「我侭」というのが気になるけれど、いいわ、いいわ、許してあげる。
美人は心が広いんですもの。


























そうして、私の部屋1本目のドライフラワーが飾られる事になったの。










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デンドロビュ―ム・ノビル系。洋蘭の一種。
スイート・スプリングファンタジー≠ニいうのを牛尾は渡しました。
4月に咲く花だそうです。