学校帰りの疲れた身体を引きずって、今日もまた、儀式の為に私は階段を上がる。
フローリングの廊下。並んだ扉の一番奥が私の部屋。
だけどそれには目も留めないで、その1つ隣の小さなプレートのかかった扉の前で立ち止まり、1つ深呼吸をした。
それからゆっくりドアノブに手をかけて、目を瞑りながら祈るように扉を開くと、
そこは主の決まっていない、ガランとした空き部屋で。
その部屋の、扉の目の前に面した窓の向こう側。抜けるような青空を見つめて溜息を吐いた。
心音は、期待してた分だけ正直に落胆して。

「変化なし…か」

呟いて、扉を閉めた。


















隣 の 部 屋 、 窓 を 開 け て す ぐ


















かつて私の家の隣には、若菜結人と言う男の子とその一家が住んでいた。
私が四歳の時に隣の家に越してきてからずっと、家族ぐるみで仲が良かったいわゆる幼なじみと言うやつだ。
結人との出逢いは、引っ越し作業の時にこの自室の隣の空き部屋で遊んでいた私と、
真向かいの2階の結人の部屋の窓から外を覗いた結人の目が合って、お互い笑いかけたのが始まりで。
以来、何かある度に私達はこの向い合せの窓から話をするようになった。
(時には持ち前の運動神経を生かしてお互い行き来したりもした)

窓を開ければすぐ結人に会えたから。
お互い何でも話し合って、泣くのも怒るのも笑うのも、全部同じに過ごして、いつでも一緒だった。
男と女の親友ってのも、結人となら信じられた。

のに。



「俺達ずっと一緒にいようなっ!親友だぞ!」

そう言って笑ったあいつは、その数年後あっさり約束を破って私の目の前から姿を消した。

実際は家庭の事情とやらでまた引っ越していっただけなのだけど、それはホントに姿を消したって言い方がピッタリだった。
なんせあいつは、それまで住んでた家も皆の記憶もなにもかも、『若菜結人』の存在そのもの消して行ったのだから。






自室に入ってから制服を脱ぐ事もせず、そのままベットに倒れこんで目を瞑り、しばし記憶の海を泳ぐ。
(お気に入りのチェックのスカートが皺になろうが、真っ白なブラウスが汗臭くなろうが知った事か)

別れの日は、今でも鮮明に思い返せる。






その日もいつものように窓越しに他愛無い世間話をしていたハズだった。
その日は、珍しく結人にゲームで勝てた日で。
以前、結人は私に、「ゲームで俺に勝てたら、なんでも1つ言う事聞いてやるぜ〜」などと
鼻歌混じりで言った事があるので(ムカツク!)、話はもっぱらその約束の事だった。
一体何をさせてやろうか。新しく出来たケーキ屋さんで、結人に貢いでもらおうか。そんな事を話していたら。
ふと思い出したように結人が言った。

「あのな、実は俺ん家、明日この街からいなくなるんだ」

「は?」

突然言われたその言葉の意味が解らなくて、間抜けな返答をした私を結人は張り付いたような笑顔で見た。

「…ごめん、結人。そのネタフリちょっとわかんない」

取りあえずなんかの冗談なんだろうと判断してそう返した私に、結人は苦笑して「違う。」と言った。

「引っ越しだよ、引っ越しー」

正確には、明日っつーか今日の零時回ったらなんだけど。
至極明るい口調で結人は言った。

「俺の今度通う学校がさー、ちょっと特殊なとこでさー。こっからじゃちょっと通えないんだよなー。
 いやこっからでも通える事は通えるんだけど、なんつーか今までの色々があると駄目でさー。
 だから元いた街に戻るんだ。そこなら大丈夫だから」

「ちょ、な、何言って…」

今度通う学校って何? だって今結人私と瀬田3中通ってるじゃん。
混乱しながらもそう聞いたら、結人はあっさり答えた。

「うん。だってホグワーツの日本校って、去年できたばっかだもん」

ホグワーツ日本校。
聞き慣れない名前の、それが結人が通う(らしい)学校の名前。

「マグルの世界じゃ、俺の年だと学校行ってないとマズイって言うからカムフラージュに瀬田に通ってたんだけど、
 新しくホグワーツ日本校ができたから、もうその必要も無くなるんだ」

「マ、マグ…? え? カモフラージュって、え?」


「俺ね、ほんとは魔法使いなんだよ」


まるで、明日の天気の事でも話すように、

「んでな。マグルってのは、俺達魔法使いの事を知らない人間の事でー、
 ホグワーツは、俺達魔法族の子供が、魔法を習う為に通う学校の事」

次々に言われる言葉のどれ一つとして、にわかには理解し難い話だと言うのに、

「ホグワーツは入学許可書が来ないと入学できないんだけどさ、去年は俺んとこ来なくって。
 俺落とされちゃったんかなーって思ってたから、マグルとして中学入ったんだけど、」

滅多に見せない真面目な顔で、結人が話すから、

「この間、届いたんだ。入学許可証」

本当の事なんだって、嫌でも解った。

「だから、」

その先の言葉は聞きたくなかった。

「行くんだ。ホグワーツ」

「………そう……」

辛うじて滑り出た声は予想に反して案外しっかりしていた。
結人はまた、苦笑いをして、

「んな、泣きそうな顔すんなよー」

と言って、窓から身を乗り出し、私の頭をクシャリと撫でる。
それは余計に私の感情を高ぶらせるだけで。

「だ、だって…急に…そんな…」

言いながら目の前が滲んできたけれど、次の結人の言葉で涙なんか引っ込んでしまった。

「大丈夫だよ。明日になったら、俺に関する記憶は全部、消えてるはずだから」

ガツン、と。
まるでミサイルでも落ちてきたような衝撃で、その言葉は届いた。

「な…、」

声もない私を、泣き笑いの顔で見て、結人は説明した。

「魔法界の決まりでさ。俺達、マグルに正体明かしちゃいけないんだ。勿論、勘付かれるのもまずい。
 だから、明日にはきっと、魔法局――あ、マグルの世界で言う役所みたいなもんね――が、
 俺に関わった人の記憶全部、修正するはずだよ」

キビしーよなー実際さー、なんて、頭を掻いて、結人はポツリと言った。

「まぁ、そーいう訳で…『若菜結人』は消えるから…」

だから大丈夫だよ。悲しむ事はない。痛みもすぐに消えるから。

「そんなのやだ!!」

思わず叫んだ私に、結人は「言うと思った」とちょっと笑った。

「だめなんだ、それが決まりなんだよ」

宥めるように結人が言ったけれど、私はかたくなに首を振った。

だって嫌だ。そんなの嫌だ。
結人の事を、忘れるなんて。
今こうして話している事が、明日には消えてしまうだなんて。
この窓で話したたくさんの事が、今まで過ごしたたくさんの思い出が、すべてなかった事になってしまうだなんて。
この先、結人を想う事すら出来なくなるなんて。

そんなのは、
あんまりだ。


「…そんなの、っ、いやだ〜…」

とうとう堰を切ってしまった涙がボタボタ落ちて、
それはいくら拭っても止まる様子を見せなかった。
結人が、心底困ったように私の名前を呼んだけれど、

「やだ〜…っ忘れたく、ないよ〜」

ジワジワとパジャマの袖が湿っていくのをどこか客観的に見ながら、
私はただ駄々をこねる子供のように、嫌だと首を振り続けた。
だけどやがて階下から、おばさんの呼び声が聞こえて、

「結人ー、そろそろ時間よー」

それはひどく残酷な審判の声だった。
ふと部屋の掛け時計に目を走らせれば、時刻はもうすぐ午前零時。
涙でグシャグシャになった顔をあげると、同じく泣きそうな顔した結人がいて。

「時間だ…」

もう、行かないと。
泣き出す一歩手前の結人を見て、ああ、結人も辛いんだ、と解ったけれど。
きっと結人だって、どうしようも出来ないんだと、解ったけれど。
それでも言わずにはいられなかった。
だってこれが最後の我侭。

「消さないで…っ」

必死に声を絞り出した。

「ゆ、結人を消さないで。私忘れたくない。お願い。
 誰にも言わない。約束するから、だから、消さないで。覚えていさせて」

懇願する言葉に、結人は、掠れる声で「だめだよ…」と言った。

「無理なんだ。俺の母さん、魔法省に勤めてるから、誤摩化せない。だめなんだ」

俯いて言う結人。
だけど諦められるわけがない。

「約束…っ、守んなさいよ…!」

口をついて出た言葉に、結人は訝し気に眉をひそめた。

「え?」

「何でも1つ、言う事聞くって、結人言った!」

結人は、驚いたように瞬きして、

「ば…、何言ってんだよ!こんな時に!」

「こんな時じゃなかったら、いつ使うっていうのよ!」

だってもうすぐいなくなっちゃうくせに!
しまったって顔して慌てる結人に食い下がって、私は祈るように言った。

「離れてたって、ずっと親友でいたいよ。お願い、結人」

「・・・・・・・・・・っ」

結人は、迷うように瞳を揺らして、
秒針の音がやけに耳についた。
リミットまで、後2分。

「結人…」

俯いて沈黙する結人。
懇願するように名前を呼んだ。
後1分。

「あ…、あの、な…!」

意を決したように、顔を上げて口を開いた。
一声も聞き漏らさないように、全神経を集中させる。
後…、



カチリ



一際大きく針の音が響いて、
私の記憶はそこで途絶えた。














うっすら、閉じていた瞼を開く。
薄い水の膜越しに見えた天井はひどく歪んでいた。
ゴシゴシと目を擦って身を起こすと、少しだけ目眩を感じた。




あれから目が覚めると、私は自分のベットでしっかり寝ていて。
一瞬訳が解らなかったけれど、すぐに思い出して、慌てて窓の外を見たら、そこは、ただの空き地になっていた。
驚いて下に降りて、お母さんに結人はどうしたの?と聞いたら、結人って誰の事?と逆に聞き返されてしまった。
それはお父さんも、学校の友達も、先生も、皆同じで愕然とした。本当に、消えてしまった。
(まさか家ごと消えていくとは思っても見なかったけれど)

だけど、私は覚えてる。
結人と過ごした日々を、記憶を。
結人は確かに、私の幼なじみで、親友として、いたのだ。
そして約束を守っていったのだ。

だから私も、あの時言った約束通りに、誰にも結人の事は話さず、
ただ毎日、儀式のように、あの窓から見える空っぽの空間を確認して、
いつまでも消えない痛みを感じながら、一人結人の事を想うのだ。


それは親友としての友情とはちょっと変わってしまったかも知れないけれど、ともかく。


意識が途切れる前、確かに、「会いに来るから」と結人は言った。

だから。


いつかまた、あの扉を開けてすぐの窓越しに結人と会える事を祈って、
明日も儀式は繰り替えされるのだ。






































「また私のお菓子食べたでしょ!今日と言う今日は許さないから!結人――!!!!」

「知らなかったんだってば!ごめんて、―――!!」

今日は休日だから、皆で3時のおやつでも食べようと集まった大広間で、ドタバタと繰り広げられるいつもの光景を、
あきれ顔で見守るこれまたいつもの面々。
ホグワーツ日本校は、今日も騒がしい。

「まったく毎日毎日、若菜も懲りねーよなー」

3時の紅茶を啜りながら三上が言った。
隣に座っていた渋沢が、はは…、と苦笑しておやつの醤油煎餅に手を伸ばした。

「一日一回はああやって騒ぐからね。その度被害を被るこっちの身にもなってほしいよ」

椎名がジェラートをパクつきながら苦々しく零した。
二人と同じグリフィンドールの面々は、色々迷惑を受けているらしく、その言葉に一斉に頷いた。

「あ、だけど若菜ってさ、時々ものすごく優しそうにの事見てたりするわよね」

ひょっとして、の事好きだったりするのかしら。と、女の子らしい意見を飛ばしたのは小島有希。
目の前のチョコサンデーをつつきながら、楽しそうに瞳を輝かせた。

「そうかぁ?ありゃ単に遊び相手として面白がってるだけや思うねんけど」

それに反論したのは、泡立つコーラを片手に持ったシゲだった。
一口飲んで、その刺激にちょっと眉をしかめる。

「だけん、結人の奴、ほんま楽しそうに の事話すとよ?」

近くのテーブルで功刀と何事か話していた高山が、ふと顔を上げて会話に加わった。
しかしすぐに功刀に怒鳴られ、慌てて顔を戻した。

「真田達は? 何か知ってる?」

椅子の背に体重を預けるようにして振り返った藤代が問い掛けた。
一馬・英士・潤慶の3人が結人の親友である事は周知の事実だったので、この3人ならなにか知っているのではないかと、
皆の期待の視線が注がれた。
その期待に違わず、3人は、実にあっさり「知ってるよ」と頷いた。

「うそ!マジで?!」

「なになに??」と、途端瞳を輝かせて身を乗り出してきた藤代を押しやりつつ、英士がいとも簡単に答えた。

「結人の好きな子に似てるんだって。さん」

ね?と同意を求めて一馬と潤慶と見れば、二人とも首をたてに振って応えた。

「へー、なる程ねぇ」

有希が納得したように呟いた。
他の皆も同じようで、しきりに頷いては「はぁ〜」とか「へぇえ」などの、感心したような声を出していた。

「ね、それってどんな子なの?」

あの結人の好きな子と言うものに興味を惹かれたのか、有希が更に問い掛けた。
一馬が少し言いづらそうに、

「俺達も実際会った事はないんだけど、なんか幼なじみの女の子だって言ってた」

と言った。
その言葉にちょっとシンとなる。

「幼なじみって事は…、」

三上が気まずそうに言いかけて、やめた。
先は言わずとも、ホグワーツに来ている生徒なら、誰でも解った。
重たくなりかけた空気を壊したのは、場違いに明るい潤慶の声だった。

「あ、大丈夫大丈夫。その子の記憶は残ってるみたいだからー。お母さんに泣いて頼んだんだってさー」

あはは、と至って呑気な笑い声が響く。

「夏休みになったら会いに行ってみるって言ってたしね」

「ああ、そうなんだ」

続けて発せられた英士の言葉に、些かほっとしたように椎名が返した。
なんだかちょっとしんみりしてしまう。

ああ見えて結人も意外に苦労をしているのだ。ただのお馬鹿じゃなかったのだな。

今までの結人の認識を改めると共に、できれば、結人の恋が上手くいけばいいなと皆が思った。

しかし。


「いだだだだだだだだ!痛い痛い!ギブ!マジ勘弁!!」

「ちゃんと反省したの?!」

「したした!もうしないから!だから許して!死ぬ――!!」

腕ひしぎ十字固めをこれ以上なく完璧に極められて、結人は苦痛に真っ青になりながらバンバン床を叩いた。
それでようやく気が済んだのか、が「今度やったらこんなんじゃ済まないからね」と結人を解放した。
肩を押さえて声もなくうずくまる結人をおいて、テーブルに戻ろうとする
けれど直後に聞こえてきた結人の「暴力女」と言う単語に、素晴らしくキレ味のよい後ろ上段回し蹴りで応えた。

あんたはほんっとに懲りない、馬鹿ね―――!!!!

ぎゃ――――――!!!!

見事に炸裂したダブルアーム・スープレックスによって白い煙を上げながら床に沈んだ結人の姿は、どこから見ても
ただの馬鹿にしか見えず、みんなは一時でもこんな奴に同情してしまった己を恥じた。

やっぱり結人はただの馬鹿だ。それもものすごい馬鹿だ。現在進行形の馬鹿だ。
こんなお馬鹿の彼女になるような女の子はきっと宇宙のどこを探したっていやしないだろう。


彼等のそんな思いが裏切られる日が来るのは、もう少し先の事である。

















-END-







そんな訳で、ハリポタ笛!サブストーリー結人編でしたー!
少しはお馬鹿の汚名返上をさせてやろうかと思ったんですが、やはり結人は結人のままでし・た!(爽)
ハリポタ笛!はこんな感じの裏設定が結構あるのです。一人で妄想して楽しんでます。えへ。

それでですね、これはレッドバンビの毒苺レイナ様に相互記念の品として進呈いたしますー!!(迷惑行為)
(憧れの方になんてもん押し付けてやがんだ、羽山さん)(あの、めさめさ返品可ですんで…!ほんと!(汗))
ちなみにリクエストの内容は「ハリポタ笛!の結人夢」でした。
もしかしてホントは本編の番外編みたいな感じのものを期待されていたのかしらと書き上げた後で思いましたが、今更後には引けませんでした。(阿呆)
せ、せっかくリクしていただきましたのに、こんなんしか書けず申し訳ありません!ギャ!
ゴミ箱叩っ込まれたとしても文句は申しませんので。うへへ…。(何)
この度は相互リンクありがとうございました!羽山でしたー!



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わーっっ!!こんな素敵な結人夢をーーー!!あっありがとうございますーーっっ!!(>△<)
めさめさ嬉しい…vいや〜ん…v
もうですね!私は葵さんのハリポタ笛大好きなのですよ!!結人格好良くて飄々としていて大好きvv
なので我侭を言わせてもらったのですが、まっまさか本当に書いてくださるとは…!
頭が下がります…vあああ幸せ…vv
しかもあのゆうちょに、こんな過去があったなんて!(@△@)裏設定楽しいですvv
これからもサブ話楽しみにしています…v
相互リンクしてくださってありがとうございました!!これから宜しくお願いしますv

毒苺レイナ