入口で待っていた俺を見て酷く驚いたようだった。
短く飲まれた息。
小さく揺れた髪。
右足だけ下がった靴下。
俺はこんなにも憶えている。
好きなもの 葵 |
きっと兎丸が見たら3Mぐらい飛ぶかもしれない。
不意打ちだったけど、照れで焦ったりドギマギする俺って見せた事ないから。(ああ、そしてこれから一生見られない)
新手の告白だ、と思った。
何度も何度もその文字とその女子の名前を目線がさ迷う。
2-6
と欄をはみだす勢いで0.3の青いハイブリッドでしたためてあった。
記憶に該当者なし。
クラスも初めて同じになったし、小学校も違う。
でもどこかで聞いたことあったかもしれない、なんて急に思いこんだりした。(俺は彼女の事なんてこれっぽっちも知りはしなかった。
それこそ0.3ミリも)
どんな娘だったか。どうやって断わろう。掲示板に貼った後どうするつもりだったのか。どんな娘だったか。席が隣だったか。
どんな娘だったか。
しかし何10回と行きさまよった視線は、そこでようやく見落した漢字を1つ、拾い上げることになる。
好きなもの 葵色 |
焦。
どっと汗と過失と疲れと増して、自分の恣意によって少女の感情を汚した思いが慙愧させた。
MDのボリュームを上げた。
さらに上げた。
さらに上げた。
さらに上げた。
さらに上げた。
さらに上げた。
さらに上げた。
さらに上げた。
喧騒とざわめきであふれていた廊下に戻して、この考えごと巻き戻してしまいたい。
今、この瞬間、夕日なのががせめてもの救いだった。
耳まで昂揚しているのを、柔らかく日の所為だと否定できるんだ。
こっちを一心に見つめている、君の似顔絵に。
その日、帰りにコンビニで青色のヘアカラーを買った。
(そうだよ喋った事ないのに好きだなんて思えるか。
嗚呼、でも俺は気になってしまうよ)
次の日から俺はよく先生に呼び出されるようになった。
けれど何も言わないで黙って何度も頷くと、大抵の先生は許してくれた。
もしかしたら頭がおかしいと諦められていたのかもしれないけど、俺はその勘違いの状態を甘んじて享受した。
そうして俺はなんとなく彼女と自分が繋がっているような気を、気分がよいとまで思える人間になってしまったのです。
それはとてもささいな事であって、その証拠には1回も俺の名を呼んでくれた事がないのです。
ああ、あの時と反対に東雲の空が、同じように静かに俺に紺青を映しだす。