知らなかった。人を斬ることがこんなに簡単な事だなんて。












血がどばーーーーっとでて、
人がどさーーーーってなって、
皆がどわーーーーーって集まってきて、


それで、 おわった。









「少し、出てくるね」



勝浦に向かう途中で、宿を取る事になり、またも民家にお邪魔して私達は一泊する事になった。
荷物を置いて一段落ついて、それからなんとなしに談笑が始まったのだけど、
話がまともに頭にはいってこないので、少し外にでてみることにした。
九郎さんは危険だから譲でも一緒に…とか言ってくれたんだけど、弁慶さんと景時さんが
なんかものすごく鎮痛な面持ちでそれを止めてくれた。
きっと、いい意味で私のことを普通の女の子としてとらえまくってくれた結果なんだと思う。
人を斬った事が、どれだけ辛い事だとか、どれだけの災苦だとか、どれだけの重圧だとか・・・
なんかきっとそういう事を考慮してくれたんだとおもう。



ああ、心苦しい。



建て付けの悪い引き戸を少々力を込めながら開けると、そろそろ日も落ちる頃なのか、
夜の女王が外套を広げに来るが来る気配がした。
それなら、きっとあの三段壁なら夕暮れも綺麗じゃないのかな、と足を向ける。
今まで歩いてきた道を戻りながら、なんとなく手のひらをみた。
そしておもむろにぎゅっと閉じて、それから、何十秒もかけてゆっくりと……



・・・・・・開いてみたが、やっぱりさっき井戸水で洗った血の幻影は欠片も見えなかった。



何もない筈の手の平を見たら、血が・・・!血の幻影が、私を捉えて離さないの…!



「と、言う展開ではないのかよ」



眉根を寄せて呟いてみたが、顔に皺は残れど、心には何も残らなかった。








私は、血は水で落ちてしまうことを発見した。


それは勝浦を目指す途中で、突然襲われた時の事だった。
今までは、やれ怨霊だなんだと、すでに死んでいる者達を「封印」していただけであって、
(まぁそれも二度と復活しないようにするあたり殺しているのとなんら変わりはないのだが)
実際に人を斬ったことはなかった。
というか、たぶん弁慶さんやヒノエ君が意図的に避けさせてくれたんだと思う。
平家に絡まれた時もさりげなく後衛に回されたし、戦にだって出たときも、剣を交えたことは
あるけれど、その心の臓を殺す役目はいつも誰かが買って出てくれた。
すごく、自然に。あるいは、不自然すぎるぐらいに。



風がびゅうと拭いて、私ははた、と止まった。

ともすれば、ピンクのコンバースが空中散歩にでかけてしまう所だった。



「あぶな!」



私は、ゆっくりと足を地に付け、下を見ないようにまっすぐ前だけ見て何歩か後退しようと
すると、突然後ろから手を捕まれて、そっちの驚きで心臓が空中散歩した。



「死ぬ気なら、俺の腹の上で死になよ」



吃驚して振り返ると、ヒノエ君が口の端を吊り上げて、余裕しゃくしゃくな感じで、
でも握られた手はとても神経質に存在していた。



「なんてこというんですか。それは騎上位って事ですか」

「難しい言葉知ってるね。誰に教えてもらったの?妬けるね」

「誰というかなんというか…」





「いや、別にやったことはないからね!」



神経質に握った手に、ヒノエ君のまつ毛の息吹が感じられる傍まで引き寄せられると、
その緊張した手が緩められた。
私の慌てた否定に笑ったのか、それとも安心の笑みなのか、くつくつと喉の奥で笑いながら



「・・・それで、俺の可愛い神子姫の心を占めるのは何なのかな?」



それにも妬けけど、と髪をかきあげた。








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「あはは、いいね、それ」

「おかしくない?人を殺したのにそれが全然辛くないなんて」

「いいや、全然、ちっとも」



ヒノエくんは私を見ないまま、崖の先っぽに座った。
足を空に落とし、
そしてそのまま太陽の方を向いて口を開いた。



「やっぱりお前は花じゃないね。」



複雑な気分だ。

それは、どういう意味だかはかりかねた。
例の「風に乗る花」というやつなのだろうか。
ヒノエ君は続けた。



「時々お前の言う事はわからないけど、生きていくためには
綺麗でいられないことばかりだ。
俺は、お前を綺麗だとか清浄とか清らかとかは思ってないし、
お前の手が汚れずにすむ方がいいだなんて思っちゃいないよ。」



息つく暇がないような遅さで、淡々と歩き出す言葉だった。
何時ものヒノエ君ではないような、(私が彼の何を知っているのかと、そうも思うけど)
綺麗だとか清浄だとか清らかだとか、そんな類の言葉を端々に散りばめてくるような
そんなヒノエ君ではないような気がした。

永遠にも、一瞬にも感じられるような時間が間にあり、先の言葉がのろのろと
私の元に歩いて意味を成してくるまで、ただ、黙って私はその薄い背中を見ていた。
振り返るかと、そうも思ったけど、目の前に座っている私の夕日色の髪は、海に落ちるように、ただ殊更にその高度を下げただけだった。




「誰かを殺してでも、お前には生きていて欲しい。」



吃驚して頭をあげると、ヒノエくんもこちらをふりかえったところだった。



ね、
だから、お願いだから、誰かを踏み台にしても生きてくれよ。」



振り返ったヒノエくんは、やっぱり私を見てはくれなかった。
どこかうつろに、飛んでゆく鳥の向こう、あの緋色の空の向こう、そして太陽の向こう、
…いや、本当は目の前の風の行方を追っていたのかもしれない。
自分でも捕らえきれないものを追い求めているようで。
それが苦痛なのか快楽なのか、ただ 口元に薄い笑いを落としていた。




そうか。
私はなんとなくわかった。



ヒノエくんも人を殺したことにもう何も感じない自分がただ気持ち悪くもあり、
反面、それが嬉しいのだ。

それでいいと納得しているということだ。



「・・・そうだね。
よく考えれば、私達だって豚を殺したり牛を殺したり、ヒヨコの元を焼いて食べたりするもんね!魚の脳みそだって食べちゃうもんね!
あまつさえステーキ大好き!ステーキの焼き方はミディアムでお願いします!
とか、よく考えれば気持ちの悪いことだよね」



自分で言っていてなんだが、当分肉は食べられないような気がした。




「…おまえの言うことはよくわからないよ」

一人納得する私を、ようやくヒノエくんは見てくれた。
それでもまだ、遠くにいるような気がした。



「あ、そうか。」



私はステーキとミディアムのなんたるかを説明しようとして口を開きかけ・・・・・やめた。
まさか「牛の生焼きで血のしたたるやつがめっちゃおいしいんだよ〜!マジで!」
なんて拳を握りつつ力説したら、ヒノエくんがどん引きするような気がした。



「えええええっとねぇ〜………ステーキっていうのはね……」




どうしよう。
困った。



「なんてゆうか…えっと…すー…すー…すて・棄て捨て 
すてーーー・・・……素敵?
あーーーーあーあーあー!!!そう、素敵ってこと!!!
私達の世界では「素敵」って言うのを「ステーキ」っていうの!」

「・・・・ふーん」





迷いなく、ヒノエくんの細い指が私の顎を捉えた。



ってステーキだね」

「(ぶほっ)」



空いている手の指が伸びてきて、ひとふさの髪を救い上げそれに軽く唇を落とす。



「この髪もステーキだし」

「ぶほっ」

「唇もステーキだね」

ぶほっっっ」




。その噴出しは、照れてるんじゃないよな?」

「・・・・・・はい、すみません」



ヒノエくんは笑っているみたいだった。

背中越しの世界は太陽がおちる寸前で、その太陽が血を流して海に横溢していた。
私は太陽の血も赤いのだと初めて知った。



「ヒノエくん、見て、太陽が」



ヒノエくんは後ろを振り向かなかった。
そのまま私の瞳を覗き込んで




「真っ赤だね、神子姫」



瞳を細めた。



「俺と同じ色だ。」



うっとりするような、まるで、ゼリーの中を歩いているような声。
そのゼリーそ引き連れたまま、唇が重なって、













私は、子供のころ、縁日で買った、砂糖粒がついたゼリーを思い出していた。

甘いような、でも紐つきのゼリー。



その紐のいきつく先は誰の手の中なのか。
どんな運命の紐つきゼリーなのか。


せめて、天国の神様の手の中に納まればいいと、そう思った。
















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何年ぶりかの文章です。リハビリ。
だいぶ表現力が乏しすぎて、やばいですね、コレ。(笑)